いまやりたいこと
ウルメアは根気よくコボルトたちを砦の中へ誘導して、最後に自分も塔の中へ入る。
上を見上げて口を開けて、眉間にしわを寄せてからハルカたちの方を見る。
「……誰か、コボルトたちに聞こえるように、あとは自由行動だと伝えてくれ。私は大きな声を出すと喉が痛い」
「いいぜ」
アルベルトはずかずかと塔の中へ入り込み、天井を見上げて声を張る。
「あとは自由にしていいぞ!」
階段を上っていた者が身を乗り出し、部屋にいた者が扉を開けて出てくる。
「遊び行っていいの?」
「いつまでー?」
「ここに住むの?」
「これ何、ねえこれ何?」
一斉に声が降ってきて、ウルメアは耳を塞ぎ、アルベルトは負けじと言い返す。
「うるせぇ! 好きにしろよ!」
アルベルトの怒鳴り声にも、コボルトたちはきょとんとしたり普通に返事をするくらいで、恐れている様子はなさそうだ。一度安全と認識したので完全に油断しているようだ。
こんな調子の上に好奇心が旺盛なせいで、多産な種族であるにもかかわらず、個体数があまり増えないのである。
わらわらと結構な数のコボルトが下りて、開け放たれた門から街の各所へと散ってゆく。もうそろそろ暗くなってくるだろうから、そのうちに塔まで戻ってくることだろう。
料理ができる者もいるから、食べ物さえ持ってきて置いてやれば勝手に何か作って食べるはずだ。
そのあたりの采配は完全にウルメアに任せているのでハルカは口を出さない。
コボルトたちが出ていくのを確認して、家を建てているコボルトたちに何かを話しにいったので問題はなさそうだ。
夜の帳が下りて、ハルカたちはたき火を囲みながらのんびりと食事をする。
街の奥地にある砦の下ならば急に何かが襲ってくることもないから、あまり警戒する必要もない。夜には見張りを立てずに適当に休むつもりだ。
いつの間にかウルメアが隊の振り分けをしたのか、街の壁の上や城壁付近には、コボルトの見張りが立っている。
ハルカとしては夜遅くに大変そうだという思いもあったが、どこの街でも夜の警備は立っているし、実際警備している本人たちは特別しんどそうにも見えない。
それどころか特別な役割が回ってきて嬉しいのか、あっちを向いたりこっちを向いたりしながら、結構楽しそうに壁の上を歩き回っていた。
「……街へ出ていったコボルトたちは、皆砦へ戻ってきたんでしょうか?」
出ていった数よりも戻ってきた数の方が明らかに少なかった。
少し心配になったハルカは、声に出して問いかけてみる。
「戻ってない。あいつら、気付いたら人の家や路上でも平気で寝るからな。寒くないし、たとえ寒かったとしても毛皮がある。悪天候でなければ死にやしない。どうせ今頃どこかのコボルトの家で食事をしてる」
意外とたくましい。
もしかすると、ハーピー達が自分たちを群れと認識していたのと同じで、コボルトたちも生活を共にするものすべてを群れである、くらいに認識しているのかもしれない。
「そんなに丁寧に扱わなくても大丈夫ってことだ。ところで陛下はいつ頃拠点へ戻るんだ? 帰りしなにドルへ儂のことを伝えてもらいたいのだが」
「数日滞在して問題がなければ戻ろうかと思っています。ちょっと時間をしっかりとって、ノーマさんの日記を読んでみたいんですよね」
先日は駆け足で必要部分だけをさらってしまったので、実はところどころ読み飛ばしているのだ。コボルトへの理解を深めるためにも、この辺りの風土を知るためにも、しっかり読み込んでおきたい。
これでもハルカは結構勉強ができる方だったのだ。
それから、コボルトと長く暮らしたノーマという人物についてもっと詳しく知ってみたいという気持ちもあった。
「その間は皆さん自由に過ごしてもらおうかなと」
「たまにはナギと一緒に適当にふらついてみるか。なー、ナギ、明日一緒に遊びに行くか?」
ハルカの予定を聞いて、アルベルトが振り返って言うと、ナギが首を上下に動かしてそれを肯定する。二人はたまに暗闇の森の中も探検していたので、同じようなことをするつもりなのだろう。
「誰か一緒に行くか?」
「いくです」
「あたしも行く」
チームの武闘派二人が賛同し、留守番はハルカとコリン、それにイーストンとなりそうだ。
「コリンは?」
「私は港の方の調査とー、ついでにハルカと一緒に本を見て、特産品とか調べておきたいかな。できたらオランズに持って帰って、パパ…………、お兄ちゃんに見せたいし」
「ふーん」
「出かけるなら変わったもの見つけたら持って帰ってきて」
「おう、わかった、変わったものな」
さっきよりも少しばかり張り切ったアルベルトは、鼻息を荒くして頷いた。
「変わったものって、価値のありそうなものね?」
「わかってるわかってる」
蛇の抜け殻とかを持ってこられても困るのだ。
一応念押ししたコリンに、アルベルトは適当に返事をした。
「二人もお願いね」
「です」
モンタナが短く返事して、レジーナはコリンを見てからプイっと目を逸らしただけだった。返事はないが断っていないので了承しているということになるだろうか。
もう数日、この〈ノーマーシー〉付近で過ごすことを決めた一行は、いつもの通り夜間の訓練をこなして、その日は床に就くのであった。





