ノーマーシーの運営
戻って人魚たちのことを報告する場には、ウルメアも同席した。
というか、ウルメアの横で行なった。
街の運営とコボルトの動きに関わることだから、聞いてもらわないと困るのだ。
ウルメアは次々と砦の中へ入っていくコボルトを横目で数えながら、耳を会話に傾ける。
「ね、名前なに?」
「ウルメア」
「中探検していいの?」
「いい」
「ウルメアはさー」
「後にしろ、すすめ」
「後っていつ?」
「三日後の昼過ぎ」
「わかったー」
好奇心旺盛なコボルトは、時折止まってウルメアに話しかけるが、ウルメアは意外なことに怒り出したりせず、最低限の質疑応答をする。
それにハルカが驚いていると、コリンが笑った。
「ずっとこんな調子。なんかさー、コボルトはこういう生き物だから仕方がないって思ってるんだってさ」
「今話をして、内容とか頭に入るんでしょうか?」
「大丈夫だから話を進め……ていい」
脳の処理を最低限にしようとするあまり、命令口調になりそうなのをぎりぎりのところで踏みとどまる。一応自分が配下になっているという自覚はあるのだ。ならば敬語でも使いそうなものだが、彼女なりに気を使ってこれだ。
「では報告を。人魚たちは沿岸にもコボルトの暮らす領域を広げてほしいそうです。昔はそうしていたようですし、数が増えましたから希望者がいればいいのかなと。新鮮な魚介類も人魚たちの方から提供されます。代わりに半魚人が攻めてくるようなことがあれば、協力して撃退したいと」
「へぇ、坂の下ってちゃんと港にできそうな感じなの?」
「かつては港だったこともあるんだろうね。地形的にはかなり恵まれているよ。蟹のはさみのように南北から崖がせり出してるから、天然の港湾になってる。上陸するためには一度湾内に入らないといけないから、不埒な輩がいれば、砦から魔素大砲で狙い放題だろうね」
饒舌なイーストンにコリンは目を丸くする。
「イースさんって港に詳しいの?」
「まぁ、島の生まれだから。幾度かここを通りかかった時、使わないのはもったいないとずっと思っていたんだよね」
「なんか、お金のなりそうな話……! ええっと、ちょっと待ってね……」
地図を広げたコリンは、改めて貿易ルートのようなものを確認していく。
指先で先ほどイーストンが言ったとおりのルートをなぞり段々とそわそわ体を動かし始める。
「各地の名産とか、保存のきくものとか集めたいよね。たしかさ、バルバロ侯爵って海賊侯爵って呼ばれてたよね?」
「そうだね」
「すっごくお金持ちだったりする?」
「うん、ディセント王国では随一だね」
「ふふっ」
浮かれた顔をして笑いを漏らしたのはコリンだ。
お金儲けの算段が立ってワクワクし始めてしまったらしい。
「コリン、お前商人にでもなんのか?」
一人で盛り上がっているコリンへアルベルトが声をかける。
咎めるようなものではなかったけれど、コリンはハッとしたように首を横に振った。
「……あ、ならないよ? もちろんならないけどさー、これをこのまま放っておくのもなぁ。口の堅い良い商人見つけたら、こっそり商売させたいなーって」
「楽しいのかよ」
「うん、楽しい!」
「ふーん」
よくわからないけれど、アルベルトは納得したようだった。
おそらく、コリンが楽しいならいいかという単純な理由だろう。
これでアルベルトは中々コリンのことを大事にしているのだ。
「気を付けないと、混沌領はオラクル教の神殿騎士が見張ってるですよ」
「そうだった……。もー、めんどくさいなぁ!」
オランズには神殿騎士の拠点ができつつある。
今まで以上に慎重に動かなければいけないことを思い出して、コリンはぶーたれた。
「そんな感じですが……、割り振りは任せていいでしょうか?」
「構わない。農地も拡大しすぎていて困っていたところだ。労働力を放置するのはもったいないからな」
「話を聞きながら数えられているんですか?」
「九百九十六人目だ。一度砦の中へ入れるが、入りきらなかったら適当に街に放つからな。港を街の中に収めるために、坂の上に壁を作って門を設けるが構わないか?」
「必要そうですか?」
「私に力があれば必要ないが、コボルトたちの力で街を守るのならあった方がいい。海から何者かが攻めてこないとも限らない。そこで一度時間を稼ぐことができる。外から魔物がやって来た時も、港へ入り込まないようにしておきたい。そうでないと逃げ場がなくなるからな。門は砦を参考にして作らせる。中で暮らせるだけの機構も備えるつもりだ。普段は開放していていいが、有事に備えてだな」
力がなくなったウルメアは、どうして自分の命を、ひいては街の命運を守るか真剣に考えている。今までのような雑な防衛では、いざという時圧倒的な力で蹴散らすことができないのだ。
ニルは強いが、それでも大量に強い敵がやって来た時に相手をしなくてはならないのはコボルトだ。備えておかないとどうなるかわからない。
立て板に水で語られたハルカは、少し驚いてから首を縦に振った。
「え、ええ。それではお願いします」
「良い拾いものだろう?」
ニルが顔を寄せてきて小さな声で囁く。
「どうやらそのようで……」
人族の貴族にでも生まれていれば、よい領主になっていたかもしれない。前の暮らしを思えば、悪い方へ転ぶ可能性も十分にあったけれど、今のウルメアを見て、ハルカはそんなことを思うのであった。





