ウルメアのお仕事
外へ出てしばし待ってから集まったコボルトたちを連れて、待っている仲間たちと合流。床になっている障壁同士を連結させて、壁の一部を解放すると、コボルト同士がワーワー言いながらすぐに入り混じっていく様子が見られた。
同じ姿をしていると警戒心とかが一切なくなるらしい。
共通部分の多いモンタナに寄ってくるコボルトが多いのはそのせいだろう。
そして今日も夕暮れの出発である。
ここまで集まって移動しないのもかわいそうだからと、今日も夜半までは移動をすることにしたハルカだ。
眼下でははじめましてのコボルトたちがわちゃわちゃと塊になって交流している。これだけたくさんいるというのに、喧嘩も、マウントの取り合いも起きないのは、ひとえにコボルトという種族あってこそのものだろう。
ますますどうしてコボルトに破壊者という冠が付けられたのかがわからない。
それから数日、何のトラブルもなく……とは言わないまでも、怪我や病気などはなく空を飛び続け、ハルカたちは〈ノーマーシー〉の街までたどり着くことができた。
畑には豊かに緑がなびき、作業をしているコボルトたちが口を開けて空を見上げる。そうしてナギとハルカらしき姿を確認すると「王様だ」という声がちらほらと上がり、やがてそれは歓声に変わった。
どうやら歓迎してくれているらしい。
その声に触発されたのか、連れてきたコボルトたちも「王様……?」と口々に話している。きっとこの街のコボルトたちに入り混じってしまったら、彼らもまたハルカのことを王様と呼んでいくことになるのだろう。
街の入り口で降りることはせず、砦のあるところまで飛んでいき、その門の内側にそっと着陸する。
コボルトたちの作っているウルメアの屋敷は、順調に形になってきているようだ。今日もコボルトたちがあっちこっちに登って作業をしている。
ハルカが戻ってきたのを確認したウルメアは、そこに大量のコボルトがいることを思い出し、慌てて開きっぱなしになっていた門を閉じに走った。好奇心旺盛なコボルトたちが一斉に出てきたら、気付けば街に馴染んでしまっていて、見つけ出してルールを教え込むのが面倒になるからだ。
門を片手で持って、それから両手で持って、それでも動かないため体重をかけて押してみてから、やや虚ろな目になったウルメアは自分を見て笑っているニルに声をかける。
「閉めてくれ」
「おうとも」
ニルが片手で軽々と門を閉める。
ウルメアは自分の手を見つめてため息をついてから、ハルカたちのもとへ向かった。
「早かったな」
「空を飛んでいるので」
「海からも客が来ている。待機させているが、あれも傘下にするのか?」
「傘下というか……この辺りに住んでもらおうかなと」
「一応言っておくけれどな、人魚の歌は吸血鬼の魅了のようなものだ。たぶらかされてないだろうな?」
「大丈夫だと思います。半魚人という種族がいるそうで、そちらがかなり攻撃的だと聞きました。ウルメアは何か知っていますか?」
「半魚人は小鬼に近い生態をしている。話が通じるのは人魚の方だ」
「では問題ないでしょう。もし半魚人が攻撃に来るようなことがあれば協力しあえるはずです」
甘いことばかり言う割に、真面目にこの街の防衛のことは考えているらしいとウルメアは思う。
「それに備えて、できればコボルトたちの中から適性のある人を探して、砦の砲台を使えるようにしておいてもらいたいんです。試すときには、人魚たちにあたらないように気をつけてほしいのですが……、できそうですか?」
「ここに来てからいじったことがあるけれど使えなかったぞ」
「コボルトたちがもっている魔素砲も私たちは使えなかったでしょう? 砦に設置されている魔素大砲も、コボルトにしか使えません。それともコボルトが試しても使えませんでしたか?」
「どういうことだ?」
「かつてコボルトたちをこの街に導いた人が、そのように設計したそうです」
ずいぶんと長いことこの街を支配していたはずの吸血鬼が誰も知らなかったようなことを、ハルカが平然と言ってのける。吸血鬼は自身の能力に自信があるゆえに、なんでも侮って切り捨てがちだ。
コボルトの管理をしていたウルメアとしてはそこはかとない敗北感があった。
「できそうですか?」
「やる」
短い言葉で引き受けたのが、ウルメアなりの負けん気である。
今ウルメアの残されているものといえば、見た目の美しさと、コボルトたちに一番うまく指示を出せるという能力くらいなものだ。そこで誰かに劣るわけにはいかなかった。
ハルカがふっと微笑む。
「な、なによ」
気を抜いたウルメアの言葉が少しばかり崩れる。
家族を失った後は侮られないために厳しい口調で話していたが、動揺したり気を抜いたりすると、たまに昔の口調が顔を覗かせてしまう。仮にも王族の直系お姫様であるのだから仕方がない。
「いえ、頑張りましょう」
ウルメアが力を失ったことで色々と考えたらしいことが伝わってきて、その変化が少し嬉しかった。
「あ、それから、西の三つの巨人族と話をしてきました。えーっと、色々ありまして、彼らと手合わせをした結果、……あー……、私が王様になったので、問題などおきそうでしたら、一度相談をしていただけると……」
「ふは、はっはっは、流石陛下! そうなるんじゃないかと思っておったんだ!」
「は?」
ニルが馬鹿笑いをしてウルメアが固まる。
吸血鬼たちの間でも、巨人族に切り込むには少しばかり時間が必要だと考えていたのだ。ちょっと出かけたついでにその全てを傘下に収めてきたと言われても、瞬時に頭の整理ができない。
「それはそうとして、たくさん移住者がいますので、出してあげてもいいでしょうか?」
「それはそうとして?」
なんだか腹が立ってきてウルメアが鸚鵡返しにすると、ハルカが少し怯む。立場としては圧倒的に強いはずのハルカのその反応に、なんだか馬鹿らしくなったウルメアは顔をしかめた。
「ほら、コボルトのことはウルメアに任せているじゃないですか」
「いいから早く出してやれよ」
思考放棄して言ったウルメアに、ハルカはほっとした顔をして障壁の正面の壁を外す。
そこにずらりと並んでいたのは想定していた数倍の数のコボルトだった。
ウルメアは右から左へ視線を泳がせた後、これは大仕事になりそうだと空を仰いで途方に暮れるのだった。





