壁画
「この辺うろうろして、コボルトが外にいないか探してみるですか」
ハルカがソワソワしているのを察知したモンタナが背中からそう話しかける。もしかしたら外にいて取り残されてしまうものもいるかもしれない。
ここのコボルトたちも、日中は外に出ないようだからいない前提での捜索になるが、ハルカの気を紛らわすのにはちょうどいいだろう。
「なるほど、いいですね」
ハルカは高度を上げて崖の上まで飛び上がると、ぐるりと空を飛んでまわる。モンタナは、コボルトらしき姿がないか足元の森へ目を凝らした。
どうやらこの森は生き物が豊かに暮らしているようで、あちらこちらにそれらしき気配がある。
肉食動物もそれなりにいるようだから、コボルトたちが生き残るためには、それなりの犠牲を払ってきたことだろう。
平原で暮らしていたコボルトよりも随分と数が少ない理由はおそらくそこにある。
しばらくぐるりと辺りを回ってみるが、どうやら外に取り残されているコボルトはいないようであった。
「いなさそうですかね」
「そですね」
「じゃあ、そろそろ戻りますか」
「です」
あまり離れていても、今度は出てきたコボルトたちが困ってしまう。少しばかり速度を出して戻ったハルカたちを迎えたのは、外で待つ白いコボルトと、扉から顔を覗かせるコボルトたちだった。
「あ、みんな引越しするって!」
「わかりました。全員準備できていますか?」
「うん! 持てるもの持ってる!」
そもそもコボルトは人のようにあまり物を持たないのだ。
寝床は適当にその辺でいいし、趣味に使うようなものも作らない。強いてあげるなら、その辺から拾ってきた棒を後生大事に抱えていることはあるようだが、それくらいのものだ。
平原から連れてきたコボルトたちも、服と食べ物と棒切れだけを詰め込んだリュック一つで出てくるものが多かった。
こちらも事情はそう変わらないらしい。
「わかった!」
ちょっとサイズの小さいコボルトが、扉から体を出してハルカのことを指差した。
「へい?」
「壁の人だ!」
「壁の人……?」
「あ、壁の人だ」
「そうだ、壁の人だ!」
そのコボルトが大きな声を出すと、続いてざわざわと壁の人という単語がコボルトの中で広がっていく。
「ハルカだよ?」
「壁の人はハルカ?」
「うん」
「そっかー」
本人たちは納得したようだけれど、ハルカはまだ何も理解できていない。崖から地続きになるように障壁を張って、歩いてコボルトたちに近づいていく。
コボルトたちは今度は逃げ出したりしなかった。
「壁の人、というのは……?」
「壁に描いてある人に似てる!」
「壁……、ああ、モンタナの言っていた壁画でしょうか」
「へきが? 壁の絵だよ」
「あ、はい。ええと、ちょっと見てきてもいいですか?」
「いいよ」
ハルカがいうとコボルトたちは道を空けてくれた。とはいえ、入り口は狭く、しゃがみ込まないと進入は難しい。
しゃがんで、どう入るべきかと考えるハルカにモンタナが一言。
「ノクトさんみたいに、障壁に座っていけばいいです」
「あ、あー……」
確かにそれならば汚れることなく簡単に入ることができる。
すぐに準備して中へと入っていく間、コボルトたちにキラキラした目で見つめられていたのは余談である。
中へ入ると、モンタナの言う通り少しずつ穴が広くなっていき、広間の天井はハルカが立っても余裕の高さになっていた。
光の玉を出現させて壁を照らしていくと、確かにそこには古い壁画が描かれている。
先ほどモンタナが見たのは松明に照らされた低い部分だけだったが、ハルカが魔法で照らすことで全容が明らかになった。
竜の上、そして亀の上にはそれぞれ人が乗っている。亀に乗っているのは、耳と髪が長く、豊満な胸を持った、背の高い女性であった。
竜に乗っているのは、背が低く、こちらもまた地面までつくほどに髪が長く、耳の長い少女であった。
亀と竜の周りには様々な種族の生き物が集っている。対面しているそれらは、敵対しているようにも見えるし、中心にある炎らしきものを囲んで話し合いをしているようにも見えた。
「オラクル様と、ゼスト様、でしょうか」
「そうっぽいです」
「ということは、あの亀は岳竜様?」
「そうかもです」
ぽつりぽつりと会話を交わすが、その間には長い沈黙があった。壁全体に描かれたそれらの迫力に、二人して気圧されていたのだ。
「いつの時代のもの、なのでしょう」
「…………神人時代っぽくはないです」
「そうですね、あの時代はもっとこう……、発展していたようですし」
「そのうちジーグムンドさんか、イーサンさんを呼ぶですよ」
「そうしましょうか。……とはいえ、それは随分先の話になるでしょうけれど」
今の時点で混沌領に遺跡を見つけたと大ぴらに人に話すわけにはいかない。ぞろぞろとオラクル教関係者に入ってこられては困るのだ。
そんなことになっては、せっかく仲良くなった破壊者たちの身が危ない。
随分先と言ったけれど、本当のところはそんな日が来るかもわからない。
「戻るですか」
「はい、戻りましょう」
もしかすると、いくつか遺跡を掘りあてて、それを交渉材料に、先ほどの二人を協力者に引き込む方が早いかもしれない。
段々と天井の低くなる穴を進みながら、ハルカはそんなことを考えるのであった。





