コボルト遺跡
ハルカは穴に潜ったモンタナのことを心配しているようだったが、モンタナにとってこの穴に潜ることは大した仕事ではない。ちょっと服が汚れるのと、話が付いた後にコボルトたちにまとわりつかれるのが面倒な程度である。
どうにもコボルトたちは好奇心旺盛で、自分たちと同じように耳と尻尾が生えているモンタナのことを追いかけまわす傾向にある。急に引っ張ったり噛みついたりはしないのだが、いつか勝手に触ってきそうでモンタナは嫌だった。
心を許している相手ならばともかく、そもそも体に触れられること自体があまり好ましくない。
これは別に潔癖性だからとか人嫌いだからとかではない。単に子供の場合は手加減なしで引っ張ったり撫でまわしたりするので、毛が逆立つのが嫌だったし、それ以外は単純に触れるほど近付いてほしくないだけだ。
モンタナは自分の体が小さいことを自覚している。警戒すべき相手に、尻尾を思いきり引っ張られて振り回されたりしたらたまったものではないと考えている。
そもそもモンタナでなくとも、急に手を握ってきたり、伸ばした髪の毛を掴まれたりするのは嫌なものである。モンタナがハルカ以外にあまり耳や尻尾に触らせないのは、そんな理由でしかない。
逆にハルカが触れても気にしないでいるのは、慣れてしまったのと、ハルカに悪意ややましい気持ちがないためである。
慎重に数分歩くと、正面から声が聞こえてくるのがわかった。
反響音からして、先に広い空間があることがわかる。
おそらくあの白いコボルトが気を引いているのだろうと察知したモンタナは、足音を消してそろりそろりと近づいていく。
広間へ到着すると、ワイワイガヤガヤと声が響いていた。
相当に広い空間の様で、全体が薄ぼんやりとたいまつで照らされている。
どうやらここも元は遺跡だったのか、ところどころに柱が建てられており、壁には彫刻のようなものを確認することができた。
「お引越しする人、集めて!」
「どこ?」
「東!」
「東って?」
「多分こっち!」
「外で遊べる?」
「遊べるみたい」
「外、怖い人?」
「怖くない人! 引っ越しする人、皆に伝えて! 出かける準備して!」
「引っ越し?」
「うん! 引っ越し!」
そっと覗いていると、そんな単語のやり取りが延々と繰り返されている。
同じような質問がループしているが、白いコボルトは気にしていないようで、何度だって同じように答えている。ハルカに頼まれたことを立派にこなそうと頑張っているようであった。
わらわらとコボルトがどこかへ去っていき、そしてまたどこからか別のコボルトがやってきて、白いコボルトに質問を投げかける。
やがて大きな荷物を持って広間に戻ってきたコボルトがいることを確認して、モンタナは外へ戻ることに決めた。上手くいっているのに、ここで見つかって余計な警戒をさせるのは良くない。
最後に目を凝らして壁の彫刻をぐるりと見てみる。
向かって右には亀のようなものが描かれ、後ろに様々な生き物がついてきている。
それに対面するように竜のような生き物が描かれ、その背後には人間らしきものたちがついてきているようであった。
暗くてつぶさには観察できないが、なにやらストーリー性のありそうな彫刻である。
できればじっくりと見ていきたいところだが、準備を終えたコボルトがそわそわとモンタナのいる方、つまり家の出口の方を窺っている。
我慢できずに走りだしたコボルトを確認して、モンタナは急ぎ元来た道を戻り、外へと離脱することにした。
狭い出入り口からそっと顔を覗かせると、すぐ近くであっちにふわふわこっちにふわふわと飛んでいるハルカが目に入る。
音を立てないように扉を閉めたところで、モンタナに気づいたハルカが近くへ寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「うまくやってたですよ。多分待ってれば引っ越しするコボルトは出てくるです」
「はー……、そうなんですか。私の話は全然聞いてくれなかったのですが……」
「コボルト同士だとまるで警戒しないみたいです」
「……彼らが争っている姿ってあまり想像できませんし、警戒の必要がないのかもしれませんね」
「いつ出てくるかわからないから、少し離れたところで待つですよ」
モンタナが言うと、ハルカは少し難しい顔をして地面に降りて尋ねる。
「前から持つのと背中に乗るのどっちがいいでしょうか?」
「背中の方がいいです」
モンタナは出かけの時に気づいたのだ。
前に抱えられると、僅かながらお腹が圧迫されるし、頭の後ろにハルカの胸が当たるので首が凝りそうだった。背中に乗っているより、ちょっとだけ居心地が悪い。
「あ、じゃあそうしましょうか」
背中を向けられたので、肩に手をかけてモンタナは背中に飛び乗った。
崖から少し離れたところで、モンタナは中に広間があったことを思い出す。
「崖の中、遺跡っぽくなってたです」
「へぇ……ここもですか。コボルトって遺跡を掘り当てる才能があるんでしょうか?」
「多分違うです」
「でも二か所ともそうでしたよ?」
ぼんやりとしたことを言ってくるハルカに、自分の推測を話すかどうか少し逡巡したモンタナだったが、結局伝えてしまうことにする。
「穴を掘って避難した先が、たまたま遺跡だったから生き残れたです」
「……あぁ、なるほど……。そういうことですか……」
つまり、それ以外に生き残れなかったコボルトもたくさんいたということである。
遺跡を見つけるのが上手、なのではなく、生活空間としての遺跡があったから生き残れただけ、が正しい。
案の定ちょっと気落ちした声を出すハルカ。
モンタナはその肩に顎をのせて、小さくため息を吐く。
「中のコボルト、外で遊べるって喜んで準備してたですよ」
「…………そうですか。今まで大変だった分、楽しく暮らしてもらいたいですね」
「そですね」
モンタナの中には、それほど仲が良くない者たちへ強く同情する心はない。
好きとか嫌いとかはもちろんあるし、苦手なタイプだっている。
警戒心は高い方で、ハルカたちと一緒にいなければ、こんなに多くの人と触れ合って生きることもなかったはずだ。
でも、だからこそ、ハルカたちと仲間になれてよかったと考えている。
甘く揺れ動きやすいハルカの心を、モンタナは好ましく思うのであった。
今日は漫画の更新日……!
ですよね!?
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