イラつくこともある
ギーツは生まれると同時に母を失って、父であるフォルカー=フーバー男爵に男手一つで育てられた。そうはいっても貴族である男爵は教師や乳母を雇っていたので、彼がしたことといえばギーツに対する剣の稽古と、一緒に食事をすることくらいだった。
ギーツは厳しい稽古がいつも嫌で嫌で仕方が無く、泣いて嫌がって乳母や教師を困らせたが、父の前ではそんなそぶりを見せたことはなかった。そんな態度を取ったら取って食われるのではないかというくらい恐れていたからだ。稽古の後はいつも体が痛くてやっぱり泣いていた。
乳母や教師は母と仲が良かった者たちらしく、ギーツに甘かった。ギーツは稽古なんかより断然座学の方が好きで、剣を振るうことなんて野蛮で嫌いだった。
十歳になる頃、父であるフーバー男爵は帝国との小競り合いのために南方の前線に駆り出される。父の目がなくなるとギーツは稽古をサボり、残った兵士たちと訓練を続けるように言いつけられてたのに、それすらもサボった。兵士たちには父からそう言われたと、適当なことを言い、手紙はこっそり握りつぶした。座学は続けていたが、街で遊び歩くことも増えていた。
南方戦線が落ち着くまでの五年間、前線で立派に職務をこなし、フォルカーがついに首都であるシュベートへ戻ってくることが決まった。
戻ってきてしまえば今までサボっていたことは全てバレてしまう。途端にギーツの精神は父を恐れていた十歳の頃へ逆行した。
いい案はないかと自身を甘やかしてくれる乳母や教師たちと相談してまわり、出た答えが教都ヴィスタのオラクル総合学園への留学であった。
父とすれ違うように留学をしてきたギーツの下には、手紙が届く。
おそらくギーツの訓練を任されていた者たちと父との話ですれ違いが生じたのであろう。父からの叱責の手紙だった。
これから卒業するまでの間に、自分をしっかりと鍛えること、戻ってきた時にそれを確認するから決して怠ることのないように、というのがその主な内容だった。
数日間はギーツもすっかり震え上がって、まじめに訓練したものだったが、それもほんの少しの間しか持たなかった。すぐにギーツは訓練をやめていつもの生活に戻ってしまう。
もちろん送る手紙には自分がどんなに頑張っているかを書き記して送ってあったのだが。
そうして四年間を過ごし、いざ領土に帰らなければならないという時に、父からまた手紙が来ていた。
四年間の成果を確認するために御者などを雇わず一人で帰ってくること、また、戻ってきて自分と手合わせをすること。もし相応の実力を持っていない場合は、父の定めた女性と婚約し、そちらに家の全権を委ねる。といった内容がそこには書かれていた。それで慌てて探したのが、条件を守ってくれそうな護衛の冒険者だったわけである。
「……というわけさ。全くひどい父だとは思わないかい?」
大いに脚色され、ギーツにとって都合の良いように話された内容だったが、ハルカが今までの彼の言動を考慮した上で予想した真実が上述の通りであった。
すっかり悪者風に語られる父と、おそらくオークのような女に違いないと言われる父が定めた女性。そして自分がいかに可哀想かと理解を求めるような話し方に、ハルカはゲンナリとしていた。
コリンはずーっと矢の整備をしていたが、それが終わると意味もなく水を沸かすためにその場を立ち、戻ってきてまだ話しているのを確認すると、また朝食の準備をしにいくということを繰り返していた。
ふと視線を上げると、段々と空が白みはじめてきていた。随分長いこと話を聞かされていたことに気づき、ハルカは横を向き大きく息を吐いた。
長い話は聞いているだけでも疲れるというのに、言葉の真偽を考えながら聞くというのは非常に根気のいる作業だった。朝だというのに妙な精神的疲労を感じている。
「つまり、結局のところ戦うことはできないし、旅をしたこともなかったということですね」
「そういう言い方は違うのではないかな。戦いたくないだけであって、戦えぬわけではない。それに学園に所属しているときに、可愛い娘の出身地であるという隣の村までは何度も一人で行ったことがある。二日くらいかかるのだ、そこまでは」
それ以上何かを確認する気すら起こらずに、ハルカはそのまま後ろに体を倒して体を伸ばした。朝の冷たい空気を大きく吸い込むと、少しは気持ちもスッキリする。
「うむ、それでな、もし既に婚約済みの女性さえいれば、そのオーク女との結婚は避けられるとふんでいるのだ」
「はぁ、そうですか」
ハルカは気のない返事と共に体を起こす。そろそろアルとモンタナを起こそうかなと地面に手をついて立ち上がる。
「その栄誉ある婚約者役を君にお願いしようかと思うのだ。あ、あっちの彼女でも」
「お断りします」
流石のハルカもそんな面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだった。くだらない話を延々と聞かされて神経がすり減っていたからか、あるいは誠実さのかけらも見られない言動のせいか、珍しくハルカも少し苛立っていた。
結果がどうなるかわからないような作戦に、自分はともかく、若い女の子であるコリンを巻き込もうとしているのが嫌だったのかもしれない。
最後まで話を聞かずにばっさりと切り捨てられて、ギーツはそれ以上言い募ることはなかった。今までハルカがそんな態度を取ったのを見たことがなかったので、不意を打たれて言葉を失ってしまっていた。
そんなギーツにハルカは振り返ることもなく声をかける。
「不寝番お疲れ様でした。大変でしょうけれど、寝る時間が短かったからと言って、今日の行程に遅れが出ないようよろしくお願いいたします」
アル達をおこしに向かう間、少し言いすぎたかなと思う自分と、もっと言ってやれと思う自分が、ハルカの心の中で言い争いしていた。
次からは武闘祭篇です。
闘技祭をやると絵たる傾向があるらしいんですが、無事に乗り切ります!
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