何を望む
もう大丈夫だと判断したハルカは、ほっと息を吐いてすぐに巨人たちの長のもとへ向かった。まず一番近くにいたグデゴロスの背中から岩をポイポイと放り投げてよけ治癒魔法をかける。
巨人たちからしても自らの体かそれ以上ある大岩が、ハルカの手によってよけられていくのは異様な光景であった。歓声も一時やんでいる間にグデゴロスに治癒魔法をかけ、ハルカはすぐにガーダイマのもとへ向かう。
おそらく一番激しく負傷しているガーダイマも、意識こそないがしっかりと呼吸をしていて一安心だ。
巨人というのは本当に丈夫で、加減が大味でもなんとかなってしまう。
ある意味ハルカとは相性がいいのだが、好戦的な性格だけは微妙なところだ。
むくりと起き上がり胡坐をかいたグデゴロスは、がりがりと頭をかいてバンドールのもとへ、文字通り飛んでいくハルカを視界にとらえた。
「負けたのか」
のっそりと起きて足の確認をしているガーダイマもまた、複雑な表情で空を仰いでいた。まさか巨人以外の種族に負ける日が来るなどと思いもしなかった二人である。
バンドールもまた意識を取り戻すと、まず「大丈夫ですか?」と声をかけてくるハルカを確認。それから、地面に大人しく座っている若い二人の長を確認して眉を顰めた。
「誰が勝ったのだ?」
「私が」
「…………信じがたい、と言いたいが、あんなものを見てはな」
なんだかんだと言いつつ、いつか若い二人のどちらかに押されて自分の一族が負ける日が来るとは考えていたバンドールも、まさかダークエルフ一人に屈する日が来るなんて思いもしなかった。
今回の戦いは、自分が若い二人に勝てる最後の機会だと思って仕掛けたというのに、とんでもない結果に終わってしまった。
手を振り上げてパンと振り下ろせば潰せてしまえそうな小さな存在が、自分を心配そうな顔で見上げているのがもはや滑稽すぎて、バンドールは「ふはっ」と笑いを漏らしてしまった。
「情けない! 我が時間を稼いでやったのに負けるとはな」
「うるせぇ爺、最初にやられおったくせに」
ガーダイマが地面を殴りつけたが、それも少しばかり元気がない。
「しかし、これで俺たちの王は決まった」
膝を叩いて言ったグデゴロスに、禿頭のバンドールが続く。
「仕方あるまいな」
ガーダイマは一人悔しそうに空を仰いだが、最後に大きな口を開けて宣言する。
「ハルカ、陛下よ! お前が俺たちの王に決まりだ!」
一斉に立ち上がった巨人たちがその場で足をどんどんと鳴らしながら歓声を上げた。
仲間たちはあまりの騒がしさに耳を塞いで顔をしかめたが、ハルカはその場で気を抜いた表情になって小さく声を漏らして笑う。アルベルトが喧嘩した後に相手と仲良くしている気持ちが、少しだけわかってしまった。
しばらくの間騒ぐだけ騒いで満足した巨人たちは、それぞれがしっかりとハルカの顔を覚えて、ばらばらと自分たちの領土へと帰っていった。さっさと帰って祝いの酒を飲みたいらしい。
現地解散できるのは、この土地において巨人族が圧倒的な強者である表れなのだろう。この広く肥沃な大地に、巨人族が警戒するような他種族や魔物は暮らしていない。
彼らは自分の一族の長が敗れたことは残念に思っているようだったが、それ以上に強力な王が生まれたことを、素直に受け入れたようだ。
ただ、上下関係はそれほどしっかりとしているわけではないらしく、「じゃあこれから頼むぜハルカ陛下」などと気軽な感じで声をかけて去っていくので、ハルカとしても今までよりもプレッシャーをあまり感じなかった。
おかげでハルカには、混沌領で最も大きな勢力を傘下に収めたという自覚はまだないようである。無事に終わって良かったと胸を撫で下ろし、そのまま気の抜けた顔をしている。
話をするために残した三人の長とその側近、それからハルカたちが集まって円座を組む。
「チビがひとり混ざったところでと思って了承したってのに、とんでもないことになっちまったなぁ。それで陛下は俺たちに何をさせてぇんだ」
最も粗雑そうなガーダイマが、集まるや否や声を発する。
「ただ言葉の通じる他種族を食べるのはやめてほしいなと、それくらいです。あとはいざ何か事が起こった時に協力し合えたらなと」
「それだけか? 我らを使ってどこぞに攻め込むとかではないと?」
「それはありません」
「陛下はコボルト共をつまみ食いするのが許せなかったらしい」
話をすでに聞いたことのあったグデゴロスが言うと、残る二人の長は変な顔をした。
「食うなと言われりゃ食わんがな」
「うむ、小さくて食った気もせん。領内で見かければ殺すこともあったし、殺せば食うこともあるのだろうが」
巨人族の共通見解として、特別コボルトを食べたいというわけではないようだ。
思っているより話は簡単に進みそうだ。
「そもそも巨人って普段何食ってんだよ」
「ベフマスと呼ぶ魔物を飼っている。後は海に棲む大きな生き物だな。我らは小さな連中のように……ちまちまと植物を育てたりはせん」
バンドールは小さな連中と言った後、ハルカの方を見て言い淀んだが最後まで話し切った。一応自分たちの王がその小さなものであることを途中で思い出したらしい。
「それだと数は少なそうだよねー。全部で何人くらいいるの?」
「知らんわそんなことは」
「すべてを合わせても、千はいないだろうな」
やはりガーダイマは大雑把な性格らしく、グデゴロスの方が全体をよく理解しているようである。
「それしかおらんか?」
「自分のところの数くらい把握しておけ」
「細かい奴め」
腕を組んだガーダイマが反省している様子はあまりない。
「コボルトと言えば、我から話すべきことがあったのだ」
「おう、そういえば戦う前にそんなことを言ってやがったな。意地でも言わないんじゃなかったか?」
「お前は聞かんでいい、どっかいけ」
「嫌だね」
歯を見せて笑うガーダイマをじろりと睨んで、バンドールは厳めしい顔でハルカへ話す。
「東に血吸い虫の王が生まれたらしい。我らの王となるのなら、陛下にはその警戒をしてほしいのだ」
どうやら年老いた巨人の長であるバンドールは、自分の領内のこと以外も知っていたらしい。おそらくそれがヘイムのことであろうと察した、ハルカは「あ、ああー……」と気まずそうな声を出して困った顔をした。





