仕事人
「……ニルさんはそれでいいんですか?」
「いいか、というより、欲しい。見ての通りコボルトたちは幼子のような精神性をしておる。ウルメアが多少厳しく規律を作り、儂が必要のない部分を甘やかすくらいで丁度良かろう。どうやら実績があるようだしな」
ニルは横目でウルメアを見るが、本人は黙りこくっている。
「私としても、コボルトたちがウルメアに隔意がないというのは予想外でした。問題があるとすれば、この街にはケンタウロスやリザードマンが立ち寄ることもあり得るということです」
「その辺はだな、陛下の方からびしっと言ってもらわねば。この街は陛下の傘下に入ったのだから、その庇護下にある者に手出しは無用とな。奴ら恩があるのだから、それくらい従うだろう」
統治という面で言えばニルの言うことは正しい。
しかしハルカの考えるやり方に沿っているかと言えば、ちょっとずれてくる。
「権力を笠に着て要求を押し付けては不和を生みませんか?」
「これくらいのことで不和が生まれるのであれば、奴らはとんだ恩知らずということになるな」
ハルカはやや俯き、カフスを撫でながら考える。
ニルの提案を却下したいわけではなく、全体を丸く収めるためにはどうするかを考えていた。
ウルメアをここで働かせること自体は、悪いことでないと思っているのだ。
「…………今日、いえ、明日までコボルトたちの話を聞いて、明後日ケンタウロスたちの下を訪ねます。その時に、ウルメアのことをすべて話し、こちらの希望を伝えてきます。反対があればできる限り説得をしますが、双方の納得がいかない場合は、ウルメアを拠点まで引き上げさせます。ウルメアはそれでいいですか?」
「私に何かを決める権利なんてないだろ」
吐き捨てるような言葉は、まだまだウルメアの危うさのようなものを示している。
ニルが横にいればうまくやってくれると思っているハルカだが、現状だとケンタウロスたちには会わせたくない。
「意思の確認を」
再度ハルカが問うと、ウルメアは食事しているコボルトを見て、それからニルとハルカを見て、やや間をおいて答える。
「……任せる。ただ、私は死にたくない。ケンタウロスがどうしても私を殺すというのなら、ここにはおいていかないでほしい」
「最初からそう言わんか」
ニルの指摘にウルメアはそっぽを向こうとしてから、渋々首肯した。
今の自分が弱い立場であり、横に立つ巨体がほんの一ひねりで自らを殺せることを思い出したからだ。
そんなことを言いだすと、今のウルメアはここにいるどんな存在よりも戦闘力が低いのであるが。魔素砲を持っているコボルトの方がいくらか強い。
近くで寛いでいる仲間たちも何気なく会話を聞いている。
異議があれば口を挟んでくるだろうと、ハルカはそれぞれの顔を見るが特にリアクションはない。
「ご飯終わり!」
「お仕事お仕事」
数人のコボルトが口の周りを汚しながらも食事を終えると、休むことなく作業を再開させる。後から合流したコボルトは、それを見て慌てて口の中に食事をかき込み始めた。
彼らはこれと決められた仕事をするのが好きなのかもしれない。
そう考えるとウルメアとの相性は非常にいい。
門は開け放してあるので、すでにわらわらとお話をしに来たコボルトたちが集まり始めている。
そのうちいくらかは、午前中に来た者たちと同じようにウルメアに気づき、挨拶をして、廃材の仕分けと家を作るのを手伝い始める。たびたび走ってきては、屋敷の大きさや、間取りなどを聞いてくるのに、ウルメアはいちいち答えている。
その加減が的確なのか、ハルカがコボルトとする問答よりもスムーズに、短い時間で話が終わる。
「慣れてますね」
合間にハルカが声をかけると、ウルメアは嫌そうな顔をした。
「文字でやり取りするよりは楽だ」
「ああ、生活時間が違いますものね」
「書いとくと次の日にお返事くれるんだ!」
いつの間にか近くに寄ってきていたコボルトが二人の間に入って答える。
「自分へのお返事だって分かるんですか?」
「うん、書いたのの裏っかわに返事が書いてあるの」
「律義ですね……」
「思うようにいかないのが嫌なだけだ」
ハルカが思う、言うなれば悪い吸血鬼とはイメージが違う。
人を襲い、害する吸血鬼を幾人も見てきたハルカは、いつの間にかもっと話の通じないイメージが心のどこかで育ってしまっていた。
実際分かり合えない価値観の相違はあれど、同じサイドに立ってしまえば理解できる部分もある。
これの延長上に今の人族と破壊者の対立構造があるのだから気をつけなければいけないと思う。
とはいえ実際に害となり、絶対に分かり合えないことだってある。
力を失った今でこそウルメアはこうして話をすることができるが、そうなる前のウルメアに対して要求を通すことは難しかったはずだ。
それは人同士で言っても同じだ。
足並みが揃わない限り交渉なんてできないことはままある。
吸血鬼相手でも互いに尊重できて、相互利益がはかれれば分かり合えることはイーストンの父親が証明している。結局のところ問題は、吸血鬼の方が圧倒的に強い以上、需要と供給が成り立ちにくい部分にあるのだろう。
そうなると圧倒的に強い冒険者は……。
「王様、ねぇ、王様!」
延々と繋がっていく思考をコボルトの声が遮る。
「あ、はい、はいはい」
「ウルメア様のおうちつくってくる!」
「はい、いってらっしゃい、気を付けて」
背負ってしまった以上、これからの人生こんな悩みと一生付き合っていくことになるのだろうとハルカは思う。
ずっしりと肩にのしかかる重責は今のハルカにはまだまだ重たい。
それでも逃げ出してしまわないところをみると、ハルカもまたこの世界に来てから随分と成長したようである。





