適材適所
意外なことに、ウルメアはコボルトからよく声をかけられる。髪や瞳の色が変わったはずなのに、コボルトたちはウルメアを前からここに住んでいた住人として認識している。
そしてウルメアもまた、ぶっきらぼうながらもコボルトと普通に言葉を交わしていた。
ハルカと話をした後に、言葉を交わした幾人かは、その場に残って廃材を漁り、使えるものと使えないものを仕分けしていた。
昼食時になって、並んでいたコボルトたちが一度解散してからも、仕分けをしているコボルトたちは熱心に仕事を続けている。
一度夢中になると周りが見えなくなるのも習性なのか、皆食事に行こうとするそぶりすらなかった。
「ウルメアは、前からコボルトと話をしていたんですか?」
「……話しかけられれば無視はしない」
「コボルトたちは、吸血鬼たちにとってどんな存在だったんでしょうか?」
「便利な小間使いであり、食料だ。ただ私にはあんな毛むくじゃらの血を吸う趣味はない」
「では何を食事としていたんです?」
「人を飼っていた。エトニア王国から脱出するときに置いてきてしまったが。引き上げてきてからは、しばらく我慢してコボルトのを。ケンタウロスを傘下においてからはそいつらの血を」
ウルメアは貴族の中でも高貴な家柄だけあってグルメだったようだ。
「……エトニア王国でひどく人を虐げていたのはなぜです?」
「コボルトくらい従順なら、一度従えればそれ以上脅す必要はないが、人は違う。反撃の機会を窺えないように徹底的にやるべきだ、というのがヘイムの方針だった」
あながち間違ってはない。
特に【神龍国朧】で生まれ育ったヘイムは、生きてきた中で数々の下剋上を目にしてきた。人のしぶとさと、勇気と賢しさを知っている。
平時では絶対に自分たちを受け入れない人を支配するために、必要なことだと考えていたのだろう。
「恨まれると面倒なことになるのは知っていた。知っていたが、ヘイムの強さと言葉には説得力があって……」
喋りすぎていると感じてウルメアは黙った。他種族を見下していることには変わりなかったし、その命を大事にしようと思ったこともない。
ただ、コボルトに関して言えば、役に立つのだから上手く使った方がいいと考えていたウルメアは、一部の吸血鬼のようにいたぶって遊んだりするようなことはなかった。
喋るのをやめた代わりに、コボルトたちのことをあまり知らないであろうハルカへ一つ忠告をしてやることにした。
なぜだか重労働であるはずの廃材集めを、楽しそうにやり続けているコボルトたちを指差して告げる。
「あいつら、一度楽しくなると食事もしないで倒れるまでやるぞ」
「え?」
「ここまでやるって決めてやらないと、いつまでも続けるんだ」
「ちょっと私作業やめさせて、食事食べさせるね」
黙って話を聞いていたコリンが立ち上がり、コボルトたちの方へ走っていく。
コボルトたちは足を止めてコリンを見るが、手に持った廃材は放すことなく、首だけを向けている。話が終わったら作業をする気満々だ。
「一度終わり! ご飯食べてからまたやって! ご飯はあそこ、火のあるところね? わかったー?」
「はーい」という返事が聞こえて、手に何も持っていなかったものが、たったか走り出す。
「コレ運んでからでいい?」
「あ、うんうん、じゃあそれ運んだら来てね?」
コリンが許可を出すと、残ったコボルトたちが作業を再開する。
「あれ、また作業始めるぞ」
「そうなんですか?」
ウルメアの言葉を信じてコボルトたちを見守る。
仕分けを終えたコボルトは、一度コリンの背中を見て、また廃材がたくさん落ちている場所へ走っていく。
そうしてまた良さそうなのを見つけると、手に持ってずるずると引きずり始めた。
意外と力持ちである。
「……あれ、どうしたらやめるんです?」
「どの時間に何をするかちゃんと決めてやると、その通りに動く」
「詳しいですね」
かつてここを拠点としたヘイムが、コボルトの支配に困っていたとき、それをなんとかしたのがウルメアだった。
殺しても脅しても、コボルトたちは怯えるばかりで、全く思うように動こうとしなかったのだ。
やるなと言ったことはやらない。しかしやれというとそれしかやらない。
そんなコボルトたちのやるべきことを事細かに分けて、どの時間までに何をやるか仕込み、役に立つようにしたのがウルメアだった。
最初の戦いで大きく数を減らした上、見せしめのために殺されたり、他の吸血鬼になぶられたりして、コボルトたちの数は一時減っていた。
しかし今は、ウルメアが口うるさく規則を作ったおかげで、むしろ個体数は増えているくらいだ。
ウルメアは思い通りにいかないことが嫌いだ。
だからコボルトたちも思い通りに動かせるように苦心したし、ケンタウロスたちが言うことを聞かないのは酷く腹立たしかった。
「ええー……、なんであの子たちまた仕事してるのー……」
いったん戻ってきたコリンが、肩を落として再びコボルトたちに声をかけに行く。
話に耳を傾けていたニルは、顎の下を擦って考えてから、ハルカへ一つ提案を持ちかけた。
「陛下よ、ウルメアをこちらへ置いていかんか?」





