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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
後始末と前準備

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なんとか

 日記を読み進めていくと、やがて魔素砲と大魔素砲の完成の記述にたどり着いた。

 前章と同じように、皮肉と共に魔法陣などの記載は一切されていなかったが、代わりに魔素砲の仕組みだけはざっくりと書かれていた。



 コボルトたちは根本的に能天気で、自分でものを考えず、誰かに指導されているほうが気楽だと思っている節がある。本来であればコボルトたちはコボルトたちだけで繁栄してほしいものだけれど、いつの日か支配者が現れるのは必然であろう。

 今現在であっても、私が指示を出してあれこれやらせているわけだから、ある意味支配を受けている状態だともいえる。

 ころころと地面を転がって日向ぼっこをしている奴らには言えないが、いっそ支配をされるのならば中途半端な相手よりは、コボルトたちをうまく使って導いてやれるやつの方がいい。

 魔素砲と大魔素砲があれば、最低限警備の役に立つ。

 支配されることを良しとする種族であるから、もしここを制圧したものがこれを読んだのであれば、是非うまいこと使ってやってほしい。ちなみに魔素砲も大魔素砲もコボルトにしか使えないように作ってあるので、改良しようとしても無駄である。



「あー、やっぱりあれはコボルトしか使えないんだー。私も使えたら便利だと思ったのになぁ」


 コリンは一度両手を上にあげて背筋を伸ばした。

 飛ばし飛ばしながらも、かなり長いこと本に目を落としていたので体が凝ってきたのだろう。普段使わない筋肉を使っているような感じだろう。


「どうするです?」

「どうしましょうね……、これを読んでしまうと……」


 言うなれば今のハルカたちこそ、街を制圧した支配者である。

 吸血鬼たちは、コボルトたちの攻撃を脅威とも思わず、ちょっと脅かすだけで簡単に動く兵士として使っていたようだ。

 この砦も下の方の階くらいは探索したのだろうけれど、上までやって来たとは思えない。その証拠にこの部屋が荒らされたような様子はまるでなかった。

 まさに博士の想定通り、強い支配者の下、コボルトたちはある意味平穏に生きていたわけである。


 そしてその状況をぶち壊してしまったのがハルカだ。

 今に至ってもそれが悪いことだとは思わないハルカであるが、これからのコボルトたちの暮らしを考えると頭が痛い。

 吸血鬼たちが支配する前の状態に戻ってもらうのが理想だが、それまで脈々と受け継がれてきた、コボルトたちだけの独立した生活の基礎は、ここ数十年の支配によって完全に壊されてしまっている。


「とにかく、読み進めてみましょう」


 問題は後回し。

 すべて読み終わってから考えようと、ハルカはページをめくることを促した。



 子供世代のコボルトたちが、旅に出てみたいと言い始めた。

 臆病なくせに好奇心が旺盛なのは困りものである。

 馬鹿なことは止めろと言いたいところだが、本人たちたっての希望を無下にするわけにはいかない。

 リーダー格のコボルトは、他よりほんの少しだけ頭が良かったから、これから仲間たちを率いてほしいと思っていたのだが、非常に残念だ。

 外の恐ろしさを十分に説いたうえで、小さな頭に戦術とうろ覚えの戦闘知識をたたき込み、十二分に物資を持たせて送り出してやった。

 さっさと尻尾を丸めて戻ってくれば良いのだが、そうもいかないのだろうな。

 我が子の独立を思う親は、このような気持ちなのかもしれない。

 いや、これはきっと違うな。ただペットが逃げて戸惑っている飼い主の気持ちだ。

 どちらにせよ、心配である。



「ああー、これ、もしかして山脈の向こうにいたコボルトたちじゃないかなー?」

「そうかもしれませんね。あっちの方が幾分か戦い慣れている感じがしましたし……。……あ、彼らをこっちに連れてこないといけませんね」


 あの蟻塚のような家に、どれだけのコボルトが住んでいるのだろうかと考えていたハルカは、ふと重要なことに気が付いた。


「あの、彼らはあそこに独立独歩で暮らしていたわけですよね? ……連れてくればこの街の運営もうまくいくのでは?」

「あ。あー……、確かにそうかも。街にいるコボルトだけで何とかしようとするよりはいい気がする!」


 ハルカとコリンが話し合っている中、日記の先が気になるのか、モンタナが手を伸ばしてぺらりぺらりとページをめくっていく。大事な情報を見逃さないようにと、ハルカたちは再び日記に目を落とした。


 そうして分厚い日記の四分の三も進んだ頃だった。

 それまでびっしりと細かい文字で描き込まれていたというのに、突然右のページの半分ほどが空白になった。文字に目を通す前に、次のページをめくってみたコリンだったが、その先は全て空白で何も書かれていない。


 日記はここで終わっているのだ。

 数ページ戻り、それぞれ最後のページに注目する。


 

 近年ではすっかりこの部屋に閉じこもって暮らしている。

 温室で食事はとれるし、水を汲むことだってできる。

 コボルトたちは間抜けばかりだから、何代か前から生きている私が、不死だとでも思っているようだ。

 そろそろ寿命が近づいていると言っているのに、理解もせずに楽し気にまとわりついてくる。何でもかんでも聞いて、自主性が養われないのも困る。

 多少厳しく叱って部屋にこもったつもりなのに、毎日誰かしらがやってきているようだった。一応返事と軽いアドバイスぐらいはしてやっているが、これがまた良くないのだろうな。

 しかしまぁ、こうして文字を書く手もおぼつかなくなってきた。

 最近では心の鼓動が少しずつゆっくりとしてきたのも感じている。

 結局最後まで出かけたコボルトが帰ってこなかったのは気がかりだが、便りのないのは元気な証拠であると思っておくことにしよう。

 さて、自分の墓石は用意した。

 私からの返事がなければ、いずれコボルトたちはこの部屋へ入ってくることだろう。

 私の体をどこに埋めるか、これからどう生きていくべきか。

 コボルトたちにもわかるように言伝は残しておいた。

 奴らは好奇心旺盛だが、装置や机には手を触れないように言ってあるから、きっとこの日記は無事だろう。

 あの愛すべき間抜けたちをどうするかは、これを読んでいるものに任せるとしよう。仮に種族として生き残っていたとするならばだけれど。

 害はない連中だから、できることならかわいがってやってほしい。



 ひどく疲れる、濃密な人生だった。

 だがやれることは全部やったとも。



 では、私は眠る。


                               ジョー=ノーマ



 最後のページを全員でしばらく眺めてから、ハルカは手を伸ばしてそっと本を閉じた。パラパラとめくっただけなのに、ジョーという人物の性格と半生、それからコボルトたちへの思いが滲みだしてくるような日記だった。


 何気なく温室を振り返ってから、本を元の位置へ戻し、ハルカは小さな声で仲間たちへ提案する。


「……戻りましょうか」


 梯子を下りて、階段をのんびりと降りながら、開け放った窓を閉めていく。

 それぞれがなんとなくジョーという人物に思いをはせる、静かな時間だった。


 窓を閉め切った後、最後に魔素砲が積まれた部屋の扉を閉めながら、ハルカは一人呟く。


「なんとか、しないとなぁ……」


 門の外には、少しずつコボルトたちが集まり始めていた。


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― 新着の感想 ―
ゲームとか日記や報告書はほぼ確で死を連想させるから読みたくない派であるからこの話はきっついわー
[良い点] くっそ皮肉屋なのにコボルトへの愛が溢れた良エピソード。
[一言] ハルカのワンワン王国
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