博士のひとりごと
温室から部屋へ戻ると、すっと室温が下がる。
この部屋だけはどこかから自動的に換気されているようだ。
レジーナは退屈そうだけれど、部屋の中をうろうろしては、じっと遺物らしきものを眺めていたりする。レジーナもまた魔素を可視化する力を持っているので、その目で何かを追いかけているのかもしれない。
ハルカはというと、できるだけ遺物に近付かないように、アナログなものがありそうな辺りを探り始める。
どうやら博士という人物はこの空間で暮らしていたらしく、ベッドやタンス、簡易なキッチンらしきものまで用意されている。
勝手に漁るのは少しばかり気がひけるハルカだったが、とうの昔に亡くなった人の私物だ。手を合わせると、タンスの引き出しをひいた。
「……コボルトの服ではないですね」
手に取って広げてみた服は、それなりの大きさだった。
おそらく人族の男性のものだと推測できる。
「昔は人が住んでたのかなー?」
「そうかもしれませんね。そういえば砦の入り口とここの扉だけは、人族が余裕をもって通れる大きさでした」
「ああー!言われてみればそうかも」
「街の家は全部背が低いです」
「ってことはー、やっぱりコボルトが多かったってことかなぁ」
話をしながらあれこれと見ているうちに、ふとアルベルトが静かなことに気づいて、ハルカはあたりを見渡した。
するとアルベルトは、普通にデスクに収められていたイスを引いて、静かに本をめくっている。珍しいこともあるものだと眺めていると、だんだんと眉間にしわが寄ってきて、やがて本を閉じておそらく元あった引き出しにまた仕舞い込んだ。
元の場所に戻すあたりは、なんとなく育ちの良さが見えるアルベルトである。
思ったよりも探索がつまらなかったのか、立ち上がって温室の方へ戻っていこうとする。
「アル、さっきの本は?」
「なんか文字がこまけぇ。多分日記だな」
「それが見たかったの!」
「難しいことしか書いてねぇぞ」
コリンに軽く頭をしばかれたアルベルトだが、ダメージがまるでないようで、平然として答える。
ただ、ハルカたちがデスクの周りに集まると、やっぱり気になり始めたのか戻ってきて上から本を覗き込んでくる。
コリンが手前からその分厚い本をめくっていく。
じっと文字を追いかけてみると、どうやら日記はこの街に来たところから始まっているようだった。
◆
戦争から逃れて随分とさまよった。
コボルトたちはいつも明るく能天気で、たまに腹の立つくらいだけれど私が頑張らねばならんとも思う。あれで意外と体力があり、太陽光でへばった私を健気に介抱してくれたりするのだ。
せっかく汲んできた水を、飲ませるでもなく、額を冷やすでもなく、顔に全部かけてきたときはどうしてやろうかと思ったが、とにかく悪意がないので腹を立てるのも馬鹿らしい。
こんな風に文字を書く余裕ができたのは、他でもない、新天地を見つけることができたからだ。戦争が激化していく中、戦火から逃れるのではなく、逆にその中を突き進んだのが幸いした。私の判断は間違っていなかったと言えるだろう。
十分に再利用できる資材が大量に残っている無人の街までたどり着くことができた。
水もある、植物もある、どうやら土は汚染されていない。
海には船が数艘残されているから、魚を獲ることだってできるだろう。
かつて豊かな大地であったはずの場所が砂漠に変わっていた時は、もうダメかと驚き嘆いたことだが、こうして腰を落ち着ける場所を見つけることができて本当に良かった。
資材と豊かな大地さえあればなんとでもしてやれる。
馬鹿面を晒し私を信じてついてきたコボルトたちに、ようやく報いてやることができる。
◆
「……やっぱ大事なこと書いてあるじゃん」
じろりとコリンがアルベルトを睨む。
「いや、その続き全部研究内容とかが書かれてて、日常のことほとんど書かれてねぇぞ」
「だから、大事なことじゃん! それ!」
「そうなのか?」
「アルは何探してたわけ?」
「なんか、宝の地図とか」
「……アル、温室で遊んでていーよ」
「あ? 俺も一緒に読む」
呆れた顔で戦力外通告をしたコリンに、アルベルトはむっとした顔をして一緒に日記を読み進めることを宣言した。
いくつかページを読み飛ばしながら、武器関係についての描写を探す。およそ半分くらいまでは街を作るために悪戦苦闘するほのぼの日記だ。ただこの博士の文体がやや皮肉が利いている上に硬いせいで、アルベルトには難しい内容に見えたらしい。
ただその中には時折、魔物やアンデッドの襲撃により亡くなったコボルトたちの描写があった。日記には亡くなったコボルトを馬鹿にするような言葉も時折書かれているが、中身の殆どは自分の無力さと、悔しさを嘆くような内容だった。悲しみをこらえるのについ悪態をついてしまうような捻くれた性質を持っていたらしい。
「コボルトたちは敵を仕留めるのに苦労していたようですね」
「ハルカの言ってた銃? だっけ。あれっぽいのも出てこないね」
「ということはきっと、この後博士がそれを作り出すんでしょうね」
そのあたりの描写を探してページを行ったり来たりしていると、ついに中盤を過ぎたあたりで、砦建築の話が出始めた。
◆
戦火がまたいつこの街へ延焼してこないとも限らない。
この呑気な生物たちには、そのための備えが必要だ。
衣食住が整った今、呑気に食べてはひっくり返って眠っている丸いコボルトたちに、仕事を与えてやらなければならない。西の調査をしてみたところ、アンデッドがうごめく湿地があった。砂漠のあたりには、ケンタウロスやリザードマンが住み着き、さらに西に住む巨人と争っているのを見た。
どうやらこの辺りにはもう人は暮らしていないようだ。
人は特別な力がないけれど、悪知恵が働き欲望が深い。いないならいないほうがいいだろう。
さて、この戦塔計画だが、細かく図面を描いたところでコボルトたちの小さなおつむでは理解することが難しい。それらは私の頭の中にだけしまって、都度指示を出していくしかないだろう。
今実戦投入できそうな武器として、魔素砲と大魔素砲というものがある。使用者の体を通して、疑似的に魔素の塊を飛ばす魔法を発動する道具だ。威力は大きさによって変わるが、大魔素砲よりも大きくなると外側の強度が足りなくなる。おそらく一度限りのものであれば、より強力な兵器を作ることができるだろうけれど、そうなると使用者への負担が大きくなる。
理論的には……、とここに書いて誰かに見られてもいいことはない。
内容の記載までは避けておく。
これは戯れに書くのだが、もしこれを読んでいる者がいて、私の作った魔素砲などの設計図を探しているのならば、それは無駄骨だからやめておいた方がいい。魔素を動かすための回路の図面は私の頭の中にしかない。
あとはこれをコボルトにしか使えなくするようにしておこう。
これを読んでいる奴らの悔しがる顔が見られないのが残念だ。
◆
「別にそんなつもりないのに、なんか少しイラっとした……」
「性格ちょっと悪いです」
「で、でもコボルトたちには慕われていたようですよ?」
コリンが温室にあるであろう墓の方を睨む。
とうの昔に亡くなった相手にそんなことをしたって意味はないのだけれど。
6/10発売のコンプティーク7月号より、拙作『悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。』のコミカライズが始まります!
どうぞよろしくお願いいたします。
あ、あとですねカクヨムネクストの方も40話ぐらいまでたまりました。
とりあえず20話までは課金せずとも登録するだけで読めますので、そちらも良かったらぜひ……!





