はかせのおはか
ナギのイタズラに気づいたアルベルトは、走って階段を登り、次々に窓を開けてはナギの名前を呼ぶ。
一つ二つ飛ばして次の窓を開けたりするので、ナギは次にアルベルトがどこから顔を出すのか、外でキョロキョロしながら待っていた。
どちらもなんだか楽しそうにしているので、残された三人はアルベルトが開けなかった部屋の窓を開けながら、ゆっくりと塔を登っていく。
しばらくの間好きなように遊ばせていたハルカであったが、しばらくすると突然砦がぐらりと揺れた。
慌てて近くの窓を開けて外を見てみると、ナギが前足を砦にかけて、首を動かし高いところから顔を出すアルベルトを追いかけている。
ハルカのいる場所から見えるのは、ナギのお腹だけだ。
「ナギ! 追いかけるなら空を飛んでください!」
下の方から珍しくハルカの大きな声が聞こえて驚いたのか、ナギはそーっと足を地面に下ろして顔を寄せてくる。
「楽しいのはわかるんですけどね。砦が揺れて危ないので、寄りかかったらダメですよ」
ナギは小さなうなり声で返事をすると、そーっと空に浮かび上がり、ぐるぐると砦の周りを飛び始めた。
体が大きいので気をつけなければいけないことは多いが、大人しくしていろと言うのはかわいそうだと思うハルカだ。
遠くから見ていたコボルトたちは砦に取り付いているナギを見てすっかり怯えていたが、それはハルカの方からはわからない。
しばらく時間をかけててっぺんまで登っていくと、砦内はすっかり風通しが良くなった。埃臭さははどこへやら、今は気持ちのよい潮風の匂いがする。
それにしても随分と縦に長い砦である。
土地の高さなどもあって標高自体はヴィスタの大聖堂の方が高いけれど、建物だけで比べるならば、この世界でハルカが見たどんなものよりも背が高かった。
つまりそれだけの砲台が全方位に向けられているわけなのだが、ここのコボルトたちの性質を考えると、猫に小判ならぬ、犬に武装砦である。
三十分近くかけててっぺんまで登ると、レジーナの姿はそこになかった。
最後の扉が開かれていたので覗き込んでみると、さらに上へ登るハシゴがかかっていた。
壁に癖の強い手書きの文字で『コボルトたちは勝手に入らないこと』と書かれている。
天井の蓋のようなものが開いているから、レジーナはすでに侵入済みだ。
ハルカたちも順番に梯子を登っていくと、そこには今までにない広い部屋があった。
あちらこちらに遺跡にあったような機械らしき何かが置いてある。天井は円形で、球体を四分の一にしたような形の部屋だった。
屋上に部屋を作ったようで、平面になっている壁は透明で、扉がひとつついており、これも開け放たれていた。
部屋の中には興味のひくものがなかったのか、レジーナの姿が見えない。
「ちょっと、触るのが躊躇われる部屋ですね」
「うーん、何がどう動いてるのかわからないし……。確かに触らない方がいいかも……。アル、近寄っちゃダメだからね」
「言われなくてもさわらねぇよ」
遺物よりは武器に興味があるアルベルトは、腕を組んで堂々と立っている。
「向こう、植物がいっぱいあるです」
「そうですね……、レジーナがいそうですし、まずは合流しましょうか」
空いている扉を潜ると、室温がぐんと上がる。
屋上の部屋の残り半分は、天井こそあるものの、それが透明なせいで太陽光による熱が随分とこもっているようだった。
ただし、設計ミスというわけではないようだ。様々な植物が好き勝手に自生しており、おそらく道であったであろう場所まで侵食してきている。
つまずかないように慎重に進んでいくと、突き当たりにレジーナがしゃがみ込んでいるのを見つけることができた。
片手にもった果物らしきものをかじりながら、地面に刺さった石板を見ている。周囲には色とりどりの花が咲いており、後ろ姿だけを見ると、まるでレジーナが少女漫画の主人公のようである。
ヤンキー座りで果物を丸齧りしていなければ、もうちょっと雰囲気が出たかもしれない。
ハルカたちが来たことに気づくと、レジーナは振り返ってその石板を指差した。
「墓」
「お墓? こんなところに?」
近寄って刻まれた文字を見てみると、確かに何かが書いてある。元々ツルツルの黒い石を、あとから無理やり削ったような歪な文字だった。
『はかせのおはか』と大きく書かれてから、周りに寄せ書きのようなメッセージ。『がんばる』とか、『さみしい』とか、意気込みだったり泣き言だったり、内容はさまざまだ。しかし、それを見るだけでこの『博士』が、随分と慕われていた人物であったことがわかった。
ちょっとしんみりとした空気の中、レジーナがボリボリと果物を食べる音だけが聞こえてくる。
「……部屋に戻って、何か手掛かりがないか探してみましょうか」
「うん、そうだね……」
ハルカの言葉にコリンが同意する。
「すげー好かれてたんだな、この博士ってやつ」
いつの間にかレジーナと同じ果物を手に持っているアルベルトが、文字を見て何気なく呟いた。
「そうだな」
それに同意して道を戻っていくレジーナ。
ハルカは、その後に続こうとしてから、あれっと思い足を止める。そうしてどんどん歩いていくレジーナの背中を見つめた。
「今レジーナ、アルの言葉に同意しました?」
「……したです」
「わぁ……」
もう一つ果物をもいできたアルベルトは、止まっている三人を怪訝な顔で見てから、さっさとレジーナを追いかけて歩き出すのであった。





