戦塔
地上階には同じようにいくつかの部屋が設けられていたが、それらは普通に生活をするスペースであり、すっかり埃をかぶってしまっていた。何かしらの力が働いているのか老朽化したり、虫が湧いたりはしていないのが不思議である。
とにかく目に見える全ての扉を開けてから、ようやくぐるりと壁に沿って続いている巨大ならせん階段を上っていくことになった。
階段を上っていくと、壁にはいくつもの扉が待ち構えている。
階段の一段一段は比較的低く、どうやらコボルトが使いやすいように設計されていることがわかる。人の場合は一段とばしぐらいにすると丁度良さそうだ。
螺旋階段を上って二階くらいの高さになったところに扉が一つあった。ここの扉はハルカくらいの身長があると頭をこすりそうだ。アルベルトはかがまないと入ることはできないだろう。
鍵がかかっておらず、腐食もしていないその扉をアルベルトが開く。
かがんで中へ入っていく姿は、まるで扉に吸い込まれているようにも見えて少しばかり滑稽だ。
部屋の中の天井は入口よりは高くなっており、アルベルトが直立してもぎりぎり頭をこすらないくらいだ。
中には二段の小さなベッドと、小ぶりな椅子が置いてあった。
全員が入ると、身動きする度ぶつかりそうになるくらいには狭い。
入ってすぐに外へ出たレジーナは、退屈そうに塔の天井を見上げた。
何も出ないことで当てが外れたのか、やや退屈そうだ。
ハルカたちは部屋に入るや否や、一つのものに注目していた。
それは埃の積もった黒く大きな砲身。
アルベルトがその砲身が向いている方の窓を押し開ける。
外から急に光と風が入り込み、部屋の中の埃を巻き上げた。
窓から見えるのは街の北側の景色。
砲台は左右上下に角度を調整することができるようになっているらしく、開口部は中々に広い。
足元に車輪がついており、ロックを外せば前に動かすことも容易いだろう。
「もしかして、あの部屋の全部がこの大砲を備えた部屋なんでしょうか……?」
「大砲?」
「ああ、先ほどコボルトがもっていた武器を銃、それをさらに大きくしたようなこれを、大砲と。どちらも筒から発射したもので相手を攻撃するための武器です。これほど大きなものになると……、数発当たれば船も沈められるのではないでしょうか」
手でほこりを払ってやると、砲身が光を反射してぎらりと黒光りする。
大人数だったり、船を使ってこの街に攻めてきたものがいた時、この砲台は脅威となることだろう。
ハルカの知識にある様な普通の砲台と違うのは、一部に銃と同じような妙な引き金が付いていることだ。
「これ引けばなんか出るのか?」
「銃と同じ構造ならそうですが……、危ないのでやめてくださいね。後で海に向いているもので試してみましょう」
一応武器ということで、興味津々なアルベルトだ。
「アルは、銃とか大砲がずるいと思わないんですか?」
「なんでだ?」
「だって、ほら、鍛えなくても簡単に人を殺傷し得る武器なわけですから」
アルベルトはしばし首をひねって考えたが「いや、別に」と何でもないように答えた。
「飛んできたら払い落とせばいいし、できねぇなら避ければいい。弓と変わらなくね?」
「超遠距離から撃てますよ?」
「魔法使いだって一緒じゃん。超一流の冒険者は、見えないほど遠くから魔法で狙われても、気配で避けることができるらしいぜ。俺も早くそうなりてぇよな」
アルベルトだって最初からなんだってこう前向きにとらえられたわけではない。
しかし、アルベルトはハルカと初めてパーティを組み、喧嘩をしたときから、強さという点において他人を羨む気持ちを捨てている。
圧倒的な存在であるハルカがすぐ横にいて、いつまでもそんな気持ちを持っていることなどできやしない。もしそんな人間だったら、とっくにハルカから離れているか、拗ねて冒険者なんてやめていることだろう。
「アルは立派ですよね……」
「そうか?」
しかしと、ハルカは部屋を出て階段を上りながら考える。
確かにこの世界の強者たちは、正面から銃を撃たれたところで、平気でよけたり叩き落としたりしながら前へ進んでいきそうである。
戦闘能力が突き抜けている存在がいる以上、銃火器は圧倒的な武器たり得ないのだろうなと、剣も矢も魔法も、おそらく銃弾すらも通さない自分の体を棚に上げて思っていた。
一人で先に上がっていっていたレジーナが、バンバンと扉を開けては中を覗き先へ進んでいく。特に気になるものもなかったらしく随分と早足だ。
「折角中に入りましたし、窓を開けて空気を入れ替えましょうか。コボルトたちにこの街を自衛させるのなら、この塔は綺麗にして引き渡してあげたいですし」
「窓を開けるのはいいけどさー、なんか埃っぽいし」
先に部屋の中へ入ったコリンは、窓を押し開けながら答える。
「お掃除くらい自分たちでしてもらったら? 警備してた子たちとか、やることなくて困ってたみたいだしさー」
「そですね」
とんとんと先を歩いていきながら、モンタナもそれに同意する。
一段とばしだと体が少し跳ねるようで、その度尻尾も揺れる。
ハルカたちは順番に階段を上っていき、一人ずつ部屋に入っては窓を開ける。
ちょうど正面側の窓を開けた時だった。
「わ。ああ、ナギですか」
目の前にナギが顔を出していて、ちょっと驚いたハルカである。
「窓がいっぱいあるので開けて回っているんです。退屈だったらその辺を飛んできてもいいですよ」
声をかけてやるが、ナギは小さな声で返事をすると、ぬーっと首を動かして他の窓の方へ顔を移動させる。
「わっ、びっくりしたー……」
隣の部屋らしき場所からコリンの声が聞こえてくる。
どうやらナギはナギで、次々と開けられていく窓を見て楽しんでいるようである。





