砦の街の二日目
ハルカが朝目を覚ますと、腹の上にコリン、太もものあたりにモンタナが頭を、モンタナの腹の上にはアルベルトが頭をのせて眠っていた。あれこれ小声で話しているうちに眠ってしまっていたらしい。
一番に目を覚ましたハルカは、首だけを持ち上げてそれぞれの位置を確認すると、パタリと体の力を抜く。
空がまだ完全な青色になっていないことから、まだ少し早い時間だとわかった。雲が少しだけかかっているけれど、今日は晴れそうである。
朝の涼風が心地よく、もう少しだけ休んでいようかと目を閉じたところで、門が開く音が聞こえてきた。
それからいくつかの足音がして、それがぴたりと止まる。
特徴的なそれから、おそらくケンタウロスが来たのだろうとハルカが目を開けた瞬間、あたりに声が響いた。
「失礼する!!」
その体の大きさに見合うだけの、空気を震わす大音響だった。
コリンとモンタナの体が跳ね、アルベルトの頭が地面に落ちる。
「び、び、びっくりしたー……」
その場に正座したコリンが声を上げる。
自分の上から人が退いたので、ハルカも立ち上がってやって来たケンタウロスたちに挨拶を返した。
「おはようございます、早いですね」
「早いだろうか? 夜明けとともに活動する習慣があるものでな」
隣では尻尾を膨らませたモンタナが、寝起きには珍しく目を丸くして立っていた。
徐々に細められていくその目からすると、まだ眠り足りないようだ。モンタナは朝にあまり強くない。
いつもだったら全員もう少し警戒して休んでいるのだが、相手に敵意がなかったせいか、皆で固まって休んでいたせいか、反応がちょっと鈍くなっていたようだ。
寝起きの三人の前に顔を洗う用の水の球を三つ浮かべて、ハルカはケンタウロスの方へ歩き出す。
すでに目を覚ましていたニルが、やってきた三人のケンタウロスを迎えいれていた。
ハルカが焚火の近くまでやってきて相対すると、グルナクがさっそく口を開く。
「私たちを救ってくれたこと、改めて感謝の意を表明しに来た。これはあの場にいたすべてのケンタウロスの総意として受け取ってほしい」
「……はい、受け入れます」
頼まれたわけでもない、流れで救った命だ。
もう少し早ければという後悔はあったが、気持ちまでも拒絶する理由はない。
「本当は今日ここで色々と話を聞きたかったのだが、一晩考えた結果、急ぎ一族の下へ戻ることにした。幸い昨日治してもらったおかげで、全ての仲間たちが走ることができる。ついては、帰りに一族の下へ立ち寄っていただきたいのだが、いかがだろうか?」
「送っていかなくても大丈夫ですか?」
「病み上がりとは思えないほど調子がいいからな。数日もすれば合流できるはずだ」
昨日までは動かなくなっていた足で地面を鳴らし、グルナクは得意げに笑ってみせた。言葉にはしないが、治してくれたハルカへの感謝を込めての動きと笑みだった。
「分かりました。では必ず帰りには立ち寄ります」
「歓迎する準備をして待っている。では短いが私たちはこれで。できるだけ早く親族に顔を見せてやりたいのだ」
「はい、お気を付けて」
ハルカが柔らかい口調で送り出すと、グルナクは再び爽やかに笑ってみせる。
「折角救ってもらった命だ、気を付けるとも! ではまた!」
ぱかぱかと馬の脚が地面を踏みしめ音を立てる。
リズムよく聞こえてくる音が心地よく、グルナクの笑顔がハルカの心にも涼しい風を吹かせた。
悩むことは多いけれど、素直にやって良かったと思える瞬間だ。
「気持ちのいい人だねー」
顔を拭きながらやって来たコリンが、後姿を見送りながら言う。
「ええ、助けに来てよかった」
「うむ、仁徳だな」
「なんだ、じんとくって」
アルベルトが顔から水をたらしたままやってきて尋ねると、ニルは口を開いてわははと笑う。
「陛下だからこそ訪れた結末だ。急ぐ目的があるにもかかわらず、砂漠のリザードマンの訴えに耳を傾けた。自分と関係ない場所の悲しみを防ぐため、カナ殿に協力を申し出た。もっと遡れば、儂らを見ても破壊者として敵対せず、対話する道を選んだ。時に回り道もするし、陛下自身は悩み多いようだがな。人を思い、考えることを仁というのだ」
「……へー」
途中で右から左へ言葉が抜けていくようになったアルベルトは、質問した手前、
一応最低限の返事をしてみせた。
「あまり持ち上げないでください。わがままを言ってその分皆に負担をかけてます」
「負担こそ望むところだろう? なぁ、アルベルトよ」
「おう、それはそうだな!」
自分にわかりやすい話題が来て、アルベルトが元気に返事をした。
ハルカのそばにいると、色々とトラブルがあって強くなる機会も多いのだ。
アルベルトにすればこれこそが冒険という、理想に近い生き方でもある。
うまく乗せられたアルベルトにハルカが苦笑していると、外から「ひゃああ」という声がした。続いて「やめて」とか「お助けぇ」とか声がしたが、すぐに静かになると。
何事かとしばらく注目していると、やがて門が勢いよく開かれた。
どうやら足で蹴り開けたらしく、レジーナが片足を下ろしながら中へ入ってくる。
「……あの、それは?」
「門の前でうろうろしてるから捕まえた」
両手にブランとコボルトを持っての登場である。
手足をだらんとしているから、まさか死んでいるのかとよく見てみれば、僅かに体を震わしているのがわかった。
すでに抵抗することを諦めてされるがままになっているだけのようである。
「おい」
レジーナが軽く揺さぶると、コボルトたちは慌てて口を開く。
「お、お、おおはよ、おはようう、で、ですぅ」
「おおおお、おた、お助けぇ……」
かたやひきつった表情で一生懸命挨拶をして、かたや本音が駄々洩れで涙を流し始めた。
「下ろしてあげてもいいのでは……?」
「い、いいのでは!?」
挨拶をした方の賢そうなコボルトが振り返り見上げながらそう言うと、レジーナはしばしコボルトをじっと見る。
やがてそのコボルトがしくじったと思ったのかそっと目を逸らした瞬間、レジーナは腕をグルンと回し、片手に持ったコボルトを振り回す。
「うひゃああああ」
悲鳴が上がり戻ってきたころには、そのコボルトは再び手足をだらんとさせて呟く。
「ごめんなさい、です」
「レジーナ、あの、下ろしてあげましょうか」
「こいつら武器持ってるぞ」
「捨てますぅ」
ぽいっと二人のコボルトは、腰のあたりにつけていた銃らしきものをポトリと地面に落とす。
それを確認してから、レジーナはふんっと鼻を鳴らして手を放した。
意外と身軽に地面に着地した二人は、後ろに立つレジーナのことを気にしながら、ハルカのことを不安げな表情のまま見上げるのだった。





