息抜き
空を飛んで戻ったハルカたちを、見張りで起きていたアルベルトとコリン、それにモンタナが迎える。見送りの時は起きていたナギも、今はぐっすり休んでいるようだ。
「どうだったー?」
立ち上がったコリンが小声で尋ねてくる。
「大人しくしていました。何か色々と考えているようでしたね」
ハルカが答えている間に、アルベルトが焚き火に適当な廃材を放り込んでからやってきた。
モンタナは地面に腰を下ろしたまま、手作業をやめてハルカの方に顔だけを向けていた。頭の上に乗ったトーチが、急に向きが変わったからかヨタヨタと足を踏み替えている。
「ふーん。急に力がなくなったらそりゃそうだよね」
「また鍛えりゃいいのにな」
手に持った棒をぶんぶんと軽く振りながらアルベルトが不思議そうに言った。
アルベルトは特別な力のない子供だった経験がある。そこから毎日弛まぬ努力で鍛え続けて、今の強さを手に入れたわけだ。
どうしても最初から強かったものの気持ちを理解するのは難しい。
アルベルトにとって吸血鬼の力を失った今のウルメア、討伐する対象でもなければ、訓練相手にもならない。
さしたる興味もない相手に対して、思ったことをそのまま言っただけである。
「鍛えて強くなられても……」
困ると言いかけてから、ハルカはふと口を閉ざした。吸血行為が必要なくなった以上、自衛のために強くなることは、特別悪いことでもない。
本人がどうしたいかみたいな話はあるけれど。
ハルカが何かを考え込むのをしばらく見守り、ややあってからコリンが再び尋ねる。
「ウルメアって普通に連れて帰るの?」
「はい、そのつもりです。しばらく様子を見て、落ち着いた頃に何かしら働いてもらうつもりでいますよ」
「働くかなー?」
「うーん、どうでしょうね……。吸血鬼として生きてきた彼女にとっては、普通の人が働くよりもよほど辛い毎日になるかもしれませんね……」
正直なところ、ウルメアのこれからについては、始まってみないとわからないことが多すぎる。
吸血鬼が普通の人になってしまったことなんて、過去一度もないのだから当たり前だ。
まして吸血鬼として生きていることを誇り、人を見下していたウルメアである。都度反応を見ながら対応していくしかないだろう。
「あ、ハルカは先に寝ていいよー。見張りも今日は免除で!」
「いえ、やりますよ」
「いいって言ってるのにー。それじゃ、私たちの交代までお話ししよっか」
先に焚き火のそばまで戻ったコリンは、自分の隣を手のひらで叩きながら「ここね」と言ってハルカに座ることを促す。
ハルカがそこに腰を下ろした頃には、アルベルトもイーストンも、適当に焚き火を囲んで座っていた。
「……なーんかさー」
アルベルトが適当に放り込んだ廃材の位置を調整しながら、コリンが口を開く。のんびりとした喋り口調を邪魔するものはいない。
「結構遠くまで来たよねー」
「……南方大陸の方が遠くね?」
「アルはちょっと静かにしてて」
情緒的な話はアルベルトの苦手分野だ。
「なんでだよ」と言いながらも、コリンの言うことには素直に従うのはかわいらしい。
「言われてみれば、最初の頃からは想像もつかないようなことをしていますね。……初めて吸血鬼と戦ったのって、イースさんと会った時でしたか」
「ああ、そうだね。なんか正体不明のとんでもない人と知り合っちゃったって思ったけど」
イーストンが素直な言葉を口にする。
夜のイーストンとの力比べに余裕で勝利した上、攻撃を受け付けず、殴った吸血鬼は地面を跳ね飛んだ。あの一晩でイーストンの中にあった常識をいくつか壊してくれたのがハルカである。
「そんなことを思っていたんですか?」
「まぁね」
今の関係だからこそ言える軽口である。
「私だってさー、吸血鬼と戦ってきたって聞いて、すごく心配したんだよ」
「俺はうらやましかった」
「一緒に行けばよかったって思ったです」
心配したのが二人、羨ましがったのが一人。
今だったら三人とも心配はしないかもしれない。
「……まぁ、その、すみません」
当時のことを謝らなければならないのは不可解だが、別にそう悪い気はしないハルカである。
「今もへんなことばっかりするけどね」
「そですね」
言われて過去を遡ると、ハルカの決定は確かに普通ではないものが多い。
「いつも無茶に付き合ってくれてありがとうございます」
「面白いし戦う機会も多いからいいんじゃね? ハルカと一緒に冒険してるおかげで、なんつーのかな……、めちゃくちゃ冒険者してるって感じがする」
うまくまとまらない気持ちを、アルベルトが言葉に変えていく。
「まーねー。普通じゃないけど、嫌になったことはないもん」
「……色々考えてるみたいですけど、好きにしていいです。ダメそうだったらちゃんとダメって言うですから」
ハルカの中に仲間たちの言葉がスーッと染み込んでいく。
今回の件では、判断に迷うことばかりだった。全てがうまくいったとは全然思っていない。
胸の内でずっと、もっとうまくできたんじゃないかとか、選択を間違えたんじゃないかとか、消化できない気持ちが燻っていた。
「だからさー、迷ったらみんなと相談したらいいよ。ハルカがこうしたいって決めたことだからって、その先まで全部自分で決めなきゃいけないわけじゃないしー……ね?」
コリンがハルカの顔を覗き込む。
また仲間たちに気遣われてしまったと、いつものように情けない気持ちと、嬉しい気持ちが半々で、口元がわずかに緩んでいた。
「……はい、お願いします」
「よし、じゃあ今日は私がハルカを甘やかそうかな!」
腕を広げてハルカを受け入れる体勢をとったコリンに、ハルカは苦笑しながら答える。
「いえ、それは遠慮しておきます」
「なーんでー、もー」
コリンはゴロンと体を転がして、ハルカの足に頭を乗せる。そうしてハルカの顔をじっと見てから、コリンは「ふふん」と妙に得意げに笑ってみせた。





