どうしたいのか
砦へ戻ったハルカたちは、家の廃材を薪にして焚火を起こし、食事の準備を始めた。
吸血鬼は血を吸うが、嗜好品として食事を摂ることもある。
ヘイムが住んでいた屋敷を漁ってみたところ、食べられそうなものをいくつか見つけることができた。
肉はなんとなく食べる気にならないが、旅先で野菜類がとれるのはいいことだ。
しばらくぶりにしっかりとした食事をとれてハルカは大満足だ。
食事が終わり、いつも通りの訓練を始めようとしたアルベルト達に、先んじてハルカは声をかける。
「訓練は軽くしてもらってもいいですか? ちょっと今からウルメアの様子を確認してこようと思うんです」
「ああ、んじゃ今日は素振りだけにするか」
意外と素直に言うことを聞くアルベルトである。
激しい手合わせをするのが日常になっているので、ハルカがいないと万が一の時に怪我をしたまま戦いに臨むことになる。
いくら訓練大好きなアルベルトでも、敵地にいる自覚はあるし、外に出ていた吸血鬼が帰ってくる可能性も見ているから、無茶なことは言わない。
「さっと行ってさっと帰ってくるつもりです。先に休んでいて構いませんので」
「気を付けてねー」
大鍋を片付けているコリンから、気楽な見送りの声が飛んでくる。
ヘイムを倒したのだから、それ以上の戦力はないだろうとやや気を抜いている状態だ。一応近づいてくるものがいれば警戒はするが、もう常に気を張るような状況ではない。
「僕も一緒に行くよ」
一応そのまま食べられそうなものをいくつか準備をしてから、ハルカが一人出発しようとしたところでイーストンがやってきて言った。
「そうですか?」
一人だったら空を飛んでいくつもりだったけれど、イーストンと一緒ならば障壁に乗っていくような形になる。モンタナだったら背中に張り付いてもらうが、イーストンにそうしてくれと言わないのは、絵面を考えてのことだろう。
障壁が夜空に浮かび上がり、まっすぐに目的地へ向かって飛んでいく。
ウルメアのいる場所まではせいぜい三十分も飛べば到着する。
上から見ても分かる林の中に閉じ込めておいたから、迷うこともないだろう。
「ハルカさんさ、これからどうするの?」
空を飛んでしばらくすると、イーストンが不意に尋ねてくる。
「ウルメアのことですか? それともコボルトたちの住んでいる街のことですか?」
漠然と聞かれてもあまりに考えるべきことが多かった。
「それもだけど、王様としての仕事かな。多分だけど、コボルトもケンタウロスたちも砂漠のリザードマンたちも、ハルカさんのことを王様にしたがるよ」
「……そうなりそうですか?」
「ニルさんはそうしたがるだろうね」
実はハルカも、それを全く考えなかったわけではない。
例えば彼らが何か他の勢力に攻撃されて困っていたら、ハルカはきっと手を貸してしまいたくなる。自分が王の器ではないとわかっていても、自分を頂くことで彼らが一つの勢力として手を取り合えるのならば、それでもいいような気もする。
ほんの少し前ならとんでもない話だと思ったかもしれないけれど、ケンタウロスたちの酷い姿を見たことで、少し考えが変わってきたのだ。
もし王様として君臨し、あれこれ政治をしろと言われたらそれは難しい話だ。
しかし、今まで通りにたまにやってきて必要なことをするぐらいなら問題はない。
「……もし、リザードマンたちの集落と同じようでいいならば、それも一つの選択肢かなと思ってます」
「ふーん、意外だね」
「私もそう思います」
しばしの沈黙。
ハルカは自分の胸の内を確認しながら言葉を続ける。
「その方が平和に過ごせるのなら、まぁ、うーん、いいのかなと」
「嫌じゃないの?」
「崇められたりするのはちょっと困りますが、そういつも顔を出すわけではありませんし。……もちろん打算がないわけじゃないんですよ。コボルトたちの街って貿易の要所たり得るんでしょう? 【神龍国朧】にはこれから用事もできそうですし……。破壊者たちの多くと対話できるようにしておけば、万が一の時オラクル教との対立も防げるかもしれません」
いいところを並びたてて、自分を納得させようとしてるのが丸わかりだ。
イーストンはこっそりと笑ってから、月にかかる雲を眺めながら口を開く。
「無理しなくてもいいと思うけど?」
「……いえ、無理というか、まぁ、その、おっしゃる通りちょっと気は進みませんが」
そう言われると決心が揺らぎかけるハルカである。
「これはでも、ほら、そういう流れになったらそれでも、という話であって、必ずそうなるとは限らないわけです」
「まぁね。ハルカさんが引き受けてもいいかなって思った理由って何?」
問われて出てきた言葉は、至極単純だった。
あまりに幼稚で、深みがなく、答えるべきか躊躇するほどだ。
それでもハルカは、まっすぐ前だけを見て、イーストンの顔が視界に入らないようにしながら答える。
「…………皆仲良くできるなら、その方がいいと思いません?」
「ああ、うん、そうだね、ふふっ」
「……笑ってます?」
「いや、僕もそう思うよ。僕だって、人と仲良くするために長いこと旅をしていたわけだし。何かを決める時って、あれこれ深く考えすぎなくてもいいのかもしれない」
「一応深く考えた結果の答えなんですけど……」
多分考えても考えなくてもハルカが最終的に同じ結論を出していただろうと思うイーストンである。
ハルカの小さな反論をいくつか聞きながら飛ぶこと十数分。
二人はウルメアのいる林へと降りる。
少し歩いてみると、檻が見えてきて、ウルメアは別れた時と同じ姿勢で静かに座って待っていた。置いていった食料が少し減っているので、食事を摂っていないわけではなさそうだ。
ハルカは檻の隙間から持ってきた食料を差し入れながら言う。
「ヘイムを倒しました」
ぴくりと肩が動きウルメアが顔を上げる。
疑うような上目遣いで、ウルメアはじっと続く言葉を待った。
「コボルトと捕まっていたケンタウロスを解放しています。ケンタウロスの中には、亡くなっている者もいました」
「……逃げようと暴れたんだろう。リザードマン達さえ支配すれば、人質を残して解放する予定だった」
ゆるゆると首を振るウルメアは、言い訳のように言葉を紡ぐ。
「随分とケンタウロスたちの生活環境が悪かったですね」
「残ったケンタウロスたちがさっさと動けば、あんなに長引かないはずだった。痛めつけるためにあそこに置いていたわけじゃない。他に場所がなかっただけだ」
ウルメアの返答は理路整然としている。
しばらく一人でいたことですっかり頭が冷えたのだろう。
先々のことを考えてか元気はなかったが、落ち着きは取り戻しているようだ。
しかしこの話だと、グラナドの遅延作戦がなければ若いケンタウロスたちに被害が出なかった可能性がある。その場合は逆に戦ったグラナドたちと砂漠のリザードマンたちにそれ以上の被害が出ていたであろうけれど。
「明日、また街にいるケンタウロスたちと、コボルトを交えて話をしてきます。それまでここでもう少し待っていてください」
「……わかった」
檻の中はほとんど動いた様子もない。
逃げ出す気は毛頭なさそうだった。
「では、私は戻ります」
伝えることは伝えたし、本人が逃げ出していないことも確認した。
あとは戻るだけだとハルカが振り返った時、背中に声がかかる。
「なぁ」
振り返ると、ウルメアは不安そうな目でハルカの方をじっと見ていた。
それから「なんでもない」といって、また膝を抱えて座り込み顔を伏せる。
ずいぶんと哀れな姿だったが、今ここで連れて行ったところで、互いにいいことなんてない。
とにかく、逃げ出す気配がないことを確認できたのは一つの収穫だろう。
ハルカはウルメアをその場に残し、イーストンと共にまた夜の空へ飛び立つのであった。





