明日への
亡骸の火葬を終えたハルカは、ほんのわずかな間だけそこで黙って立ち止まり、それから掘り返した土を灰の上へかけた。こんもりと少し盛られるくらいまで土を戻し「こんなところでしょう」と呟く。
どこまでもしっかりと埋葬を続けてしまいそうな自分と、隣に立つケンタウロスのために吐いた言葉だった。
「本当にありがとう。解放してくれたこと、体を癒してくれたこと、仲間たちを埋葬してくれたこと。どんなに礼を言っても言い尽くせない」
「いいんです。私たちも必要があって吸血鬼たちを倒しに来ました。助けが遅くなってすみませんでした」
若いケンタウロスは首を傾げてから、訝しげな表情で尋ねる。
「吸血鬼たちは、あなたの仲間だったのか?」
「え!? いえ、そんなことは全くないですが……?」
仲間に吸血鬼がいることや、ウルメアを庇っていることが何かでばれたのかと、ドキドキしながらも否定する。少なくともここに住んでいた吸血鬼たちとは基本的に面識はない。
「では謝られるいわれはないな。あなたは王なのだろう? 簡単に頭を下げないほうがいいのではないだろうか」
正論である。
ニルがこの場にいれば手を叩いて若いケンタウロスの言葉を称えたであろう。
「……慣れないもので、王という身分に」
「変わった人だ。……ここは、もう安全なのだろうか?」
「砦の方にいた吸血鬼たちは皆倒しました。ヘイムという首魁もです」
「では大丈夫か……。先ほど空を竜が飛んでいたのだが……」
「あれは私たちの仲間です」
「……まさかと思ったがやはりか。ぼんやりと竜を見ながら、何が起こっているのかと考えていたのだが」
良くも悪くもナギは目立つということだろう。
大型飛竜の生息域は限られているから、見たことのある者の方が少ない。
「陛下よ、そろそろ戻った方がいいかもしれんな。留守組が心配するころだ」
ざりざりと廃材を踏みしめながらやって来たニルが、少し離れた場所から声をかけてくる。
「ああ、そうですね。……一緒に来ますか?」
「今晩はこの街に?」
「はい、砦のある場所で過ごそうかと。門は開けておきます」
「では私たちはここに残り、一晩かけて仲間たちとの別れをしようと思う。後ほど私だけが砦の方へ伺うかもしれない。そうでなくとも明日の朝には訪ねるとする」
「承知しました、お待ちしております。では……」
その場を離れようとしたハルカは、唐突に一つの懸念が浮かんできて「あ」と間抜けな声を上げる。
「なんだろうか?」
「あの、コボルトたちとの仲が悪かったりはしませんか?」
言ってしまえばこれまでのコボルトは吸血鬼たちの配下をしていたわけである。
本人たちの望んだことでなかったとしても、場合によってはケンタウロスたちを虐げることに加担していた可能性もある。
「コボルトか」
複雑そうにつぶやいたケンタウロスは、そのまま首を横に振って続ける。
「……いや、大丈夫だ」
「本当に?」
ハルカとしてはそこで衝突があることは避けたい。
といってもコボルトたちがケンタウロスに蹴散らされる構図しか思い浮かばないが。
「ああ、彼らは私たちの挙動を吸血鬼たちに報告したが、それも仕事だったのだろう。乱暴されたことも、意地悪いことをされたこともない。むしろ、たまにこっそりやってきては、廃材でああした屋根を作ってくれたのはコボルトたちだ。私たちにか、それとも吸血鬼たちにか、怯えながらこそこそと作業していたから、出来はあまりよくないが……」
粗末な屋根を見ながら、ケンタウロスはふっと笑う。
「多少の雨をしのぐことはできた。もしかすると私は、あれがなかったら体力を奪われて今頃生きていなかったかもしれない。心配しなくとも、彼らと争うことはできるだけ避けるよう努めると約束する」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない。……なあ、緑の鱗のリザードマンよ」
若いケンタウロスは、ニルに向かって語り掛ける。
「うむ、なんだ」
「私はすっかりこの王が気に入った。できれば、どこかでこの王のことを話して聞かせてもらいたい」
「もちろんいいとも、存分に語ってやろう。儂よりも、他の仲間たちの方が詳しいだろうがな」
「……私に直接聞けばいいのでは?」
ハルカが至極当たり前のことを指摘する。
自分の活躍を語って聞かせるのなんて気恥ずかしいが、その方が妙な誇張なく話をすることができると考えたからだ。
「いや、あなたの場合は話を周りのものに聞いたほうがいい気がしたのだ。どうもその、なんというか、謙遜がとても強そうだ。私はあなたの他人からの見え方を知りたい」
「うーむ、若いケンタウロスよ、お主慧眼だな。儂は森の大戦士ニル=ハだ。お主の名を聞いておこう」
「グルナクだ。大戦士ニル=ハよ、あなたにも感謝を」
「いいさ、儂の働きは全部陛下の御心のままにだ!」
「ニルさん、程々にお願いします」
「そうだな、程々にな。グルナクよ、我らが陛下はこの通り控えめな方だ。しっかりたっぷり話を聞かせてやるから楽しみにしているといい」
「ニルさん?」
ハルカが釘を刺すつもりで更に声をかけると、グルナクが「っはは」と噴き出すように笑ってみせた。表情はまだ明るくなりきれていないが、先ほどよりも前向きな顔になったようであった。
「楽しみだ。ああ、明日が楽しみだ」
そんな顔でそんなことを言われてしまうと、ハルカはもう何も言えない。
先ほどまで明日もないような生活をしていたのだ。
自分が道化になることくらい、大したことでないように思える。
なんにせよ、強く責任を感じていた若いケンタウロスのグルナクは、少し元気になった。
「はぁ、まぁ、では明日か……今晩か。また元気に会いましょう」
「ああ、また」
約束をして別れを告げたハルカは、仲間たちを引き連れ、急ぎ街の上を飛んで砦の方へと戻っていくのであった。





