燃えがらの感情
ハルカはゆっくりと奥へと歩いていく。
足を止めた場所には、いくつものケンタウロスの亡骸が晒されていた。
怪我が原因で亡くなったもの。
胴体と首が分かたれたもの。
そのどれもがただそこに雨ざらしにされていた。
他のケンタウロスたちがいる場所に作られた、粗末な屋根すらもそこには存在しなかった。
ハルカは手を合わせて瞑目する。
そうして、無念のうちに命を落としたであろう、彼らが、せめて安らかに眠ることができることを祈った。
その間にアルベルトとレジーナが歩き回り、ケンタウロスたちを捕らえていた鎖を、武器で破壊して回る。
体がすっかり元気になったケンタウロスたちは、礼を述べると、それぞれ鎖を引きずって、ハルカと同様仲間たちの遺骸の前までやってくる。
足をたたみ、指を組み、目を閉じ仲間たちの冥福を祈る。
これまではこうして近くへやってきて、祈りをささげることすらできなかったのだ。
手の届かない場所で朽ちていく仲間を見守るだけだった。
目を開けたハルカは、周囲にケンタウロスたちが座り込んでいるのを見て、静かにその場を離れようとした。
「待ってくれ」
一番怪我が酷かったケンタウロスが、ハルカを呼び止める。
なんと言葉を返していいかわからなかったハルカは、悲愴な面持ちのまま立ち止まり、次の言葉を待つ。
「命を助けてくれてありがとう。祈ってくれてありがとう。……今の状況を詳しく聞かせてもらえないだろうか」
「はい、もちろんです。……その前に、お仲間の方々のご遺体を埋葬しても?」
「……そこまで甘えていいのだろうか」
「私の知っているやり方でよければですが……。この場に魔法で穴を掘り、ご遺体を焼くような形になります。問題があるのならば、そちらのやり方にのっとっても構いません。ただ、このまま晒し続けるのはあまりに不憫なので」
ケンタウロスの埋葬方法は知らないけれど、残されたものたちのためにも早く遺骸を何とかしてやりたかった。
「ぜひともお願いしたい……」
「わかりました。……準備ができたらお声掛けしますので、皆さんは少しでも何かを口にして体を休めていてください」
「何から何まで申し訳ない。……皆、この人の言うとおりにするんだ。悲しむ時間は十分にあった。今は生きるために食事を摂り、英気を養うんだ」
指示を出されたケンタウロスたちは、互いを慰め合いながらゆっくりと立ち上がり、ぞろぞろとその場から離れていく。
その場にいるものがほとんどはけたところで、ハルカはその場に魔法で大きな穴を掘り始めた。
隣には変わらず先ほどは離れていたケンタウロスが残っている。
ハルカの治癒魔法を受けたおかげで見た目は元気そうだ。
「……私が判断を誤ったのだ」
二人きりになったとき、その若いケンタウロスは呟いた。
咄嗟に返事をすることが躊躇われるような、深い悔恨が込められた言葉だった。
「女子供を守るために、戦わずに降伏をした。戦士らしく戦おうと主張していたものを抑えつけてだ。……彼らはこの扱いに耐えきれず、暴発し死を選んだ。私の判断が誤っていた。彼らは私が殺したようなものだ」
「……いいえ、彼らを殺したのは吸血鬼たちです」
あまり気の利いた言葉でないと思いながらも、ハルカはひたすらに自分を責めるケンタウロスに静かに答えた。
「私があの時戦っていれば……」
今この時、ケンタウロスは自分を責めたいのだ。
それがわかっていてなお、ハルカはその言葉を否定するようにはっきりと答えた。
「あなたが戦いを選択していれば、ここにいる大半が命を落としていました。それどころか、あなたたちの帰りを待っているグラナドさんたちも、その命を懸けて吸血鬼たちと戦い、場合によってはその多くが亡くなっていたことでしょう」
「……生きているのか、族長たちは。砂漠の戦士たちと無理やり戦わせられていると聞いていた」
「戦いが始まる前に介入することができました。間に合わない命もありましたが、あなたの選択のおかげで、今生きている人もいます」
「……ありがとう」
ハルカの言葉を聞き、礼を述べながらも、若いケンタウロスは納得していないようだった。その表情は厳しくゆがめられたままだ。
それを横目で確認したハルカは、それ以上思考の邪魔をしないよう口を閉ざした。
どれだけ他人に言われたところで、すぐには消化できないものだってある。
自分の中で折り合いがつかない限り、気持ちはくすぶり続ける。
それを見ることが辛くなって蓋をしてしまったとき、人はその感情と一緒に何かを閉じ込めて、それまでより少しだけ頑なになってしまうものだ。
ここに来ることが遅れたと後悔している自分の気持ちを思いながら、ハルカは粛々と作業を続けた。
あまり器用でない自分の言葉が、若いケンタウロスが少しでも前向きになる一助となっていることを祈りながら。
穴を掘り終えたハルカは、遺骸を障壁で掬うようにして、そっと穴の中へ降ろしていく。
若いケンタウロスはそのすべてを見送ることが自分の仕事であるとでも言うかのように、ただ黙ってそれを見つめていた。
「……燃やしますが、いいですね?」
「頼む」
高温の、しかし静かに穴全体へ広がった炎は、ケンタウロスたちの遺骸を舐め尽くして灰へと変えていく。
強い臭いを発したのは束の間。
炎が周りの土をも焦がし、やがて煙が上がらなくなったところでハルカは魔法を使うのをやめた。
残り火がゆらゆらと揺れる。
僅かに赤熱する灰は、吸血鬼たちが崩れた時のそれと同じ色をしていた。





