捕虜の扱い
門の中へ戻ると、そのすぐ内側ではイーストンが壁に寄りかかって待っていた。
「ケンタウロスの捕らえられてる場所わかった?」
「はい、大体の方角は。上から探せばすぐ見つかるかと思います」
演説の内容に触れないのはイーストンの優しさだろう。ハルカが人前で話すことが得意でないのはよくわかっている。
ナギはハルカが戻ってきたのを見ると、顔を寄せて挨拶をしてから、にゅっと首と足を伸ばして城壁の上からコボルトたちが去っていくのを眺めている。
一斉に小さな生き物が動いているのが、見ていて面白いようだ。空を飛んでいる間に味をしめたのかもしれない。
まだまだ心が幼いナギは、臆病ではあるが色んなことに興味を示す。
「救出は遅くならない方がいいでしょう。今すぐ出発しようと思います。ナギと一緒に行くと警戒されてしまいそうですから、私の障壁で向かう形になりますが」
「じゃあ僕も見た目の問題で留守番。ニルさんは行ったほうがいいんじゃない? ケンタウロスの解放」
何やらカナと談笑しているニルへイーストンが声をかける。
「そうだな、儂は行こう」
「私はフォルと留守番をしよう。万が一こちらに吸血鬼が戻ってきた時は任せてほしい」
ニルが一歩前に出ると、カナは隣でおすまししているフォルの背中を撫でながら留守の宣言をした。
昼間にも拘らず出歩いているような変わり者の吸血鬼が、もしかしたら一人ぐらいいるかもしれない。
「あたしも行く」
留守にしているのと一緒に出かけるのと、どちらが戦闘が発生する可能性が高いか考えたのか、レジーナはハルカの近くまで歩いてやってきた。
ハルカは障壁の床を作り、全員が乗り込んだのを確認して周囲を同じく障壁で囲った。
ゆっくりと浮かび上がり、街の方を眺めるナギの前でわざと一度止まり声をかける。
「ナギ、ちょっと出てくるので、留守を任せますね」
喉を鳴らすような返事。
色んな資材で作られている街並みを眺めるナギは楽しそうだ。
ハルカはコボルトの示した方向へまっすぐ向かう。人が住むには天井の低い家がいくつも並び、街の郊外には広い畑も見える。
コボルトたちも痩せ細った様子はなかったから、食料の生産などは上手く行われていたのだろう。
なまじ人のように、勇気を出して逃げ出そうとしたり、逆らって戦おうとしたりすることが無かったのが良かったのかもしれない。
コボルトたちは、吸血鬼たちの支配の下でもそれなりの生活を営んできたようだった。
コボルトたちに言われた方へ向かっていくと、だんだんと家がまばらになっていく。
かつては家があったであろうその場所は、今ではその残骸が残るばかりのゴーストタウンのようになっている。
おそらくかなり昔に激しい戦いがあって、そのまま放置されている区域なのだろうと想像することができた。
そんな区域の一角に、日曜大工で作ったような粗末な屋根がいくつか設置されている場所がある。小屋ではなく、屋根のみだ。
風を遮る壁はない。
近づくとその全容が見えてくる。
いくつもの杭が地面に埋められ、そこに幼いケンタウロスの子供たちが繋がれている。
少し離れた場所には、成人しているケンタウロスも同様に繋がれその全てが力無く地面に座り込んでいた。
近くへ降りたハルカたちへ、虚ろな視線がいくつか向けられる。
それらのうち半分ほどは一緒に立っている巨躯のリザードマンであるニルを確認した瞬間、急速に生気を取り戻した。
「吸血鬼は倒した! 今解放してやるからしばし待て!」
素早く全体を見渡して、すぐさま空気を揺らすような大声を出したのはニルだった。それからニルはすぐにハルカへ声をかける。
「怪我をしているもの、病にかかっているものがいる。中には相当弱っているものもいるようだ。すぐに治していただけないだろうか」
「案内してください!」
ハルカの返事を聞くやいなや、その巨体は素早く走り出した。
背の高いニルにはここの切羽詰まった状況がよく理解できたのだ。ハルカたちはまだ気づいていなかったが、ニルには集団の奥にある晒されたケンタウロスの遺体までも見えてしまっていた。
「陛下、頼む」
最初に辿り着いたのは、右手右足を失くしたケンタウロスの戦士の元だった。すでに嫌な臭いを発しており、虫が集まってきている。
残った四肢にもすでに力はなく、呼吸をするために肩を大きく上下させていた。まさに虫の息である。
ハルカは返事をする間もなく、しゃがみ込み、治癒魔法をかける。
見たことはなかったが、このケンタウロスの四肢が元のように戻り、血が通い、生気を取り戻すことだけを祈り、魔法をかける。
イメージは巻き戻し。
時間にしてほんの十数秒、肉が盛り上がり、骨が作られ、そこには立派な手足が戻ってきていた。
目の前で作られていく、あまりにリアルな肉や骨に、ハルカはくらりと来そうになったが、歯を食いしばってそこから目を逸らすことはなかった。
自分が治すのだから、間違ったことがあってはいけない。
今後のためにも、何がどうなっているのか、しっかりと目に焼き付けるつもりでいた。
顔色が明らかによくなり、呼吸が落ち着く。
やがて目を覚ましたのを確認すると、ハルカはすぐさま立ち上がった。
「次はどこですか」
「よしきた、こっちだ」
礼を聞く間も無く、ハルカはケンタウロスたちの間を走り回る。
その間にコリンたちもぼーっとしていたわけではなかった。
「モンくんとレジーナは、飲み物と食べ物探してきて! 怖がらせないようにね! アルは一緒に怪我とか病気の人探してニルさんに報告ね!」
到着から数十分。
走り、魔法を使い続けたハルカは、最後の一人を治療すると、また顔をあげて「次はどこです?」と顔を上げる。
「陛下よ、急ぎ対応しなければいけないのはこれくらいのようだ。あとはゆっくり事情を聞きながらでもよかろう」
「……そう、ですか」
ハルカはようやく息をついて、周りを見回す。
コボルトたちが比較的平和に暮らしていたから油断していた。
もっと早くこちらへ来るべきだったのだ。
来て見ないとわからないことであった。
それでもハルカは、自分の判断を後悔してしまっていた。





