目的に沿った魔法
モンタナは瞬きすることもせずに、じっとウルメアのことを見つめていた。
これまでも吸血鬼の死に際は見たことがある。
それで魔素が妙な動きをしていたのは知っていたから、イーストンの仮説にはそれなりの理があると考えていた。
モンタナにとってウルメアの命は、必ずしも助けなければいけないものではない。
それでもハルカが納得する結末にたどり着くために、手を抜いて対応するつもりはなかった。
ウルメアの体の中にある魔素が、心臓から遠い場所から順に収束。
魔素が通わなくなった場所から、ほんのコンマ数秒遅れてウルメアの体が崩壊していく。
吸血鬼の体で最後に灰となるのは、頭部ではなく胸のあたりなのだと、モンタナはその時初めて認識した。
魔素が一か所に集まるのを待たず、その直前にモンタナは手を伸ばす。
まだ肉が残っている胸部付近は、モンタナの手が触れる傍から灰となって崩れていく。
指先にかたいものが触れた瞬間、まばゆい光がモンタナの目を刺した。
圧倒的な魔素の輝き。
目が見えなくてもやることは同じだった。
指先に触れた硬質なそれを、つまみ、腕を全力で引く。
腕に温かい肉が絡みつくような感覚。
それでもモンタナは動きを止めることなく、行動を終え、何度もゆっくりと瞬きを繰り返した。
まず輪郭が見えて、それからゆっくりとモンタナの目に色が戻ってくる。
目の前には、髪の色が白くなり、瞳の色が茶色く変わったウルメアの姿。
手は血でべっとりと汚れていた。
モンタナがゆっくりと握られた拳を開くと、手のひらの上に、魔素が十分にこめられたヴァンパイアルビーが姿を現した。
それを傍から見た光景はなかなか壮絶だった。
灰になり崩れるウルメアの体にモンタナの腕が入り込む。
肩に置いていたハルカの手が、崩壊に伴いウルメアの体の中心部へ沈み込んでいく。そして腕がひかれる前に、まるで映像が逆再生されるように、灰が元の形へと戻っていく。
その瞬間、モンタナ同様魔素が見えるレジーナは、腕を目の前に掲げて顔を逸らした。あまりの魔素の奔流に直視することができなかったのだ。
体の内部に入り込んでいたモンタナの腕が、元に戻っていくウルメアの体から引き抜かれる。
激しい出血。
しかしその傷もすぐにふさがる。
全員がその場で固まっている中で、体から力が抜けたウルメアが、がっくりと地面に膝をついた。そうして両手を地面についたウルメアは、あえぐような呼吸を繰り返す。
「ヴァンパイアルビー、とれたです」
未だ目がちかちかしているモンタナが言うと、警戒しながらも仲間が近くへと寄ってくる。
「ってことは、こいつ吸血鬼じゃなくなったのか?」
アルベルトが地面に手を突いたウルメアを怪訝な目で見ながら言う。
今にも大剣の先で体をつつきそうな雰囲気があった。
「……死、死んだ? わ、私は、生きてるのか……?」
ゆっくりと体を起こしたウルメアは、そのままぺったりと地面に座り、うつろな目で周りを見た。
「あとは力が残っているかどうかですね……」
一先ず命を長らえていることを確認したハルカは、長く息を吐いて汗をかいてない額をぬぐってみせた。
「長く生きてきたが……、衝撃的な光景だったな」
「うむ、流石は陛下だ。儂でも思いつかんことをする」
カナとニルは少し離れた場所で感心の声を上げた。
フォルはぴったりとカナに体を寄せて静かにしている。
「一応、体は正常にしたつもりです。治癒魔法を使うのも、方向性としては人となるように意識して使ってみました。痛いところや苦しいところはありませんか?」
「……痛いところはない。しかし、妙に体が重い……」
「体が重いですか……。何か間違いでもあったでしょうか」
ウルメアが手を地面についてゆっくりと立ち上がる。
そうしてふらりとバランスを崩し、たたらを踏んでようやく二本足できちんと地面に立った。
「重心は普通のように見えるけど……」
「なんだ、な、なにを……っ!」
警戒しながら近づいたコリンに対して、ウルメアは顎を上げて威嚇するような態度を取る。
コリンはそんなウルメアの手首を無造作につかみ、軽く力を入れる。
バランスを取ろうと、ウルメアが逆側に力を込めたところで、ひょいっと足を払うと、その体がきれいに横回りで一回転した。
「な、あああ!」
ウルメアが元の膂力を失っていると確認したコリンは、ウルメアの体をそのまま抱きかかえるようにして力を殺し、お姫様抱っこのまま顔を上げる。
「重さも……、軽いぐらい?」
「な、何をお前、ふ、ふざけた真似を!!」
バタバタと暴れても、コリンはまるで応えた様子はない。
「うん、普通の女の子より力がないくらいかも」
バタバタしているのをそのまま地面に下ろすと、ウルメアは四足歩行で手足を動かしてコリンから距離を取り立ち上がる。
「ち、力が、入らない……」
自分の手のひらを見て困惑の表情を浮かべるウルメア。
成功した場合はそうなるとわかっていても、五百年もの間付き合ってきた力の大部分がなくなる喪失感は、受け入れがたいものがあるのだろう。
「本当にうまくいくものですね……」
ハルカが呟くと、モンタナがやや躊躇い気味にハルカに言う。
「多分……、さっきの治癒魔法と違うです」
「……どういうことですか?」
「魔素の量が、尋常じゃなかったです。攻撃する方に回したら、この辺り全部吹き飛んでなくなるぐらいの魔素が集まってたと思うです。この辺りに飛んでる魔素、ちょっと少なくなったですよ。すぐ流れてくると思うですけど……」
「…………何かまずいことってありますか?」
「分かんないです」
「そうですよね……」
体の調子を確認するよりも、もしかしたらそちらの方が深刻な話かもしれない。
ハルカは見えもしない魔素を確認するかのように、青空を見上げるのであった。





