誰の命か
「多分、ヴァンパイアルビーが生成される時に、最初に吸血鬼から失われるのは分裂能力。それから不死性、血を操る力、怪力だね。ほぼ同時だけど。殺した時に、灰に変わりながら最後の力で反撃してきたやつは見たことあるから。だから灰に変わりきる前にルビーを抜き取って体を治せれば、生きることだけならできる……と思うんだけど……」
「は? そんな曖昧な話なのか? 私は、し、死ぬかもしれないんだぞ!?」
「試したことがないんだから仕方ないでしょ」
「やっぱりやめだ。そんな話に乗るわけに……」
ウルメアはそう言っている途中にふと言葉を止めてハルカの顔を見る。そして、これを受けなければ確実に死ぬしかないのだと思い出して黙り込んだ。
「殺すのは僕、ルビーを取り出すのはモンタナ、ハルカさんには治すのに集中してもらうのがいいと思う」
「モンタナだったら魔素が集まってできるルビーの場所が正確にわかりますものね」
「おそらく心臓のすぐ隣だと思うんだけど、はっきりしてないからね」
自分の運命を決める計画が着々と進められているのを、ウルメアは黙って聞いているしかなかった。これまで味わったことのないような無力感に襲われながらも、覚悟が決まらずにウロウロと障壁内を歩き回る。
実際にそれが実行に移される瞬間、暴れて逃げ出す方がまだ生存確率が高いのではないかという考えも浮かぶ。しかしその度、ノクトに苦しめられて殺された一族の姿を思い出す。
それでも真剣に、太陽の下どうやって逃げ出すかを考えてみたりしたが、どうにも生き残るビジョンが見えない。
ウルメアは、圧倒的に有利なはずの夜に捕まっているのだ。
もし相手をうまく数人殺せたとしても、自分が生きてここから逃げ出す想像はできなかった。
「なぁ、その計画は、成功率はどれくらいのものなんだ? 上手くいきそうなのか?」
ハルカとイーストンは顔を見合わせるが、すぐに答えは出せない。曖昧なことを言いたくないイーストンが黙り込んでいるなか、ハルカは無理に笑顔を作って答えた。
「あ、あのですね、私は亡くなった直後、正確には呼吸が止まっていたり心臓が止まっていたりするくらいの状態でしたら、治癒魔法で治すことができます。ですから、命を失って間も無くでしたら、戻すこともできるのではないかなと……」
全然安心できなかった。
特にハルカがなんとなく自信がなさそうな様子であるのが、めちゃくちゃに効いた。
「おい、ハウツマン、大丈夫なのか? おい、お前が言い出したんだろ?」
「…………逃げ出すよりは幾分か生き残る確率が高いんじゃない?」
「……おい! 答えろ! 何割だ、何割ぐらい成功しそうなんだ!?」
「いや、知らないけど」
「大体でいいから答えろ!」
「五割……」
呟くように、言い淀むイーストンの言葉を聞いて、ウルメアは拳を握る。
「半分か……」
「は、確実にないと思う」
「ああ! お前、この!」
「まあ、結局生きるか死ぬかの半分だから、五割ぐらいだと思ってたら?」
他人事だからこそのひどく冷たい言葉だった。
面倒臭いくらいに思っている人の回答である。
事実イーストン自身は、実験の結果には興味があったが、ウルメアの命にはそれほど興味がない。
今まで散々他者を虐げてきたのだから、死んで当然だろうと思っている。
「……もし、もしだぞ、吸血鬼の能力が残ったまま再生したらどうするんだ?」
「成功するまで繰り返すに決まってるでしょ」
「し、死ぬかもしれないのを乗り越えたんだぞ!?」
「死にたくなったら言ってよ」
「ああああ! くそ! くそ!」
イーストンの回答はどこまでも軽快で冷徹である。そこにハルカが口を挟む余地はなかった。
そんな意味をなさない、ただウルメアが苦しむだけの問答が繰り返されるうちに時間が過ぎ、仲間たちが起きてくる。
半分目を閉じて眠っていそうなモンタナに、イーストンが計画の説明をすると、モンタナが舟を漕いでいるのか頷いてるのかわからないぐらいの感じで、首をこくりとたまに動かす。
「おい、緑の獣人! 起きろ! ちゃんと聞け! 私の命がかかっているんだぞ!」
「…………ですか」
モンタナは一度ウルメアのことをぼんやりと見てから、ちゃんと言葉を出して頷いた。
昨日から少しだけ変わったウルメアの感情を見て、ほんのわずかに目が覚めたのだ。
ほぼ傲慢で塗りつぶされていたその色を、怯えや恐れが侵蝕し始めていた。
絶対的な強者は多くの場合、最後まで傲慢に死んでいくものだ。死への怯えや恐怖を抱えるというのは、弱者への理解の第一歩であるとも言える。
ウルメアはノクトの件によって、それらを心の奥底に抱えたはずなのに、今まで他者を虐げてきたのが問題なのであるが。
そうしてついに時間が来た。
障壁の中へ入る三人。
ハルカがウルメアの肩に手を置き背後に控え、正面にイーストンとモンタナ。
結局三人が同じ空間に入っても、ウルメアは敵対行動をとらなかった。
「真面目にやれ、本気でやれよ。失敗したら許さないからな」
「はいはい」
「うるさいです」
前に立つ二人が適当に答える中、背後に控えたハルカだけが体を緊張させて「はい……!」と答える。
「いい、痛い痛い! お前魔法使いだろう!? なんでそんなに力が強いんだ!!」
「あ、すみません」
肩に置いた手に強い力がかかり、ウルメアが悲鳴をあげる。
幸いなことがあったとすれば、おそらくヒビが入ったであろう肩の骨が、一瞬にして治癒魔法で治されたことだろう。
ハルカの治癒魔法の優秀さを事前に体験したウルメアは、ほんのわずかに希望を抱く。
「やるよ」
タイミングを見計らって声を発したイーストンは、ウルメアからの返答を聞くことなく、その心臓を剣で刺し貫いた。





