通じない話
ウルメアから情報を引き出すのはさほど難しいことではなかった。
どう見てもノクトに対するトラウマを抱えているから、ちょっとそこをつついてやればぼろぼろと情報を漏らす。
吸血鬼達の拠点が確かにこの先にあるということ。
その他に大きな拠点は存在しないこと。
今はコボルトの全てと巨人の一部を仲間にしていること等がわかった。
どうやら東側の巨人族がいきなり戦争を仕掛けた背景には吸血鬼がいたようだ。
「……ちゃんと答えたんだ、見逃してくれよ。どんな約束だってする」
「それは無理でしょ」
にべもなく切り捨てたのはイーストンだった。
一瞬ウルメアの表情が酷く歪んだが、すぐに取り繕うような笑顔を作ってみせる。
「そう言うなよ……、お前も吸血鬼だろ?」
「関係ある?」
「私はウルメア=ニーラ=ヒュー=セルドだ。わかるだろう? 一度くらい慈悲をくれてもいいと思わないか?」
名前の全てを明かしたのは、その一族の名を伝えるためだろう。
吸血鬼の中では、王たる血筋はそれなりに敬う文化がある。
「ふぅん。僕はね、イーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマンっていうんだ。僕は君が生きていることに益を覚えない」
「さてはお前がこの集団のまとめ役だな? ……同じ王たる血筋なら分かるだろう。私はこんな惨めな死に方をしていい存在ではない」
期待を込めたぎらぎらとした視線を、イーストンは肩をすくめて躱した。
「いいや、交渉したいのなら僕じゃなくてハルカさんとやるんだね。……ああ、ちなみにハルカさん、僕の意見は今言ったとおりだよ。殺すべきだ」
「少しだけ話をしましょうか」
ハルカの中でも、この吸血鬼をそのまま見逃すという選択肢は存在していない。
カナからエトニア王国の話を聞いた後であったし、今回のケンタウロスの件もある。
本人から聞いた限り、ここ数十年間コボルトを虐げ続けているのもまた事実だ。
「話……、ああ、大いに話そう。互いに少しは分かり合えるかもしれない」
ノクトの弟子と聞いていても、冷静さを取り戻して観察してみれば、ハルカの態度が穏やかであるのはわかってしまう。
そうでなくてもこの状況を乗り切らない限りウルメアには生きる道がないのだ。
普段だったら鼻で笑うような問答だって真面目に答えてみせるだろう。
「あなたは他の種族のことをどう考えていますか?」
「弱くて、取るに足らないと考えていた。しかし改めろというのなら改める」
「いえ、そういう話ではなく。そんな相手ならば、虐げてもいいということでしょうか。それがあなたの気持ちですよね?」
ウルメアはこれまでのやり取りの中で、ハルカたちが何らかの方法で嘘を見破っていることに気づいていた。そうだとすれば、嘘を吐くことはマイナスにしかならないことも理解している。
だとしたら、どう本音を言いすぎないようにハルカの同情を買うか、という部分が生命線だとウルメアは考えていた。
そんなウルメアの『騙してやろう』という雰囲気をモンタナが感じ取って顔をしかめた。
モンタナの診断は、嘘を見破っているのではない。
正しくは嘘をついていそうな思考の色を読んでいるのだ。悪意や敵意を看破することは、嘘を見抜くことよりもよほど簡単なのである。
「なぁ聞いてくれよ。私たちは血を吸わないと生きられないんだぞ? その対象を手元に置いて生かすことが悪いことだとは思っていなかった。誰もそんなふうに教えてはくれなかった。私だって親からそう教わっていれば、やらなかったかもしれない。自分たちのために私を今殺すのと、私がやってきたこと、どう違うんだ?」
どうするべきなのかを理解していても、心に響くようなことを語れないのは、確かにウルメアがそれを教わる機会がなかったからだろう。圧倒的に強く、気に食わないものは蹂躙する人生に、言い訳をする必要などなかったのだから。
ウルメアとしては大きく譲歩してへりくだっているつもりだが、結局最後には責任を放棄して、相手を責めるような言い方になってしまっている。
根本的な倫理観に乖離があるのだ。
「……例えばあなたが人であったら、素直にあなたのような存在に食べられるんでしょうか?」
「……は? 私が人に? ……いや、そうだな、どうだ……?」
最初鼻で笑ってから、慌てて態度を改めたウルメアは、しばらくして眉間にしわを寄せて答える。
「なぜ私が黙って食べられなければならない。どうにかして相手を殺そうとするだろうな」
「……そうでしょうね。当然反撃をしようとするでしょう。あなたはその反撃を受けて、今このような状態になっているんです」
最初から納得済みで血を提供してもらえれば。
あるいはカーミラのように森で動物の血を吸って生きていれば、こんなことにはなっていない。
その上、生きるため以上に人を迫害しすぎた。
必要以上に支配し、自分たちが勝手気ままに生きられる範囲を広げようとした。
やっていることは人と変わらないというのなら、反撃を受けて殺されることもまた、人の世の摂理に倣っているわけである。
ハルカのかわいそうなものを見るような視線を受けて、ウルメアは自分がうまくやれなかったことを悟った。
「いや、いやいや」
そう何度もチャンスがあるとも思っていない。
無理やり上げていた口角がひくつき、やがてウルメアは障壁を両掌で叩いた。
「嫌だ! 死にたくない、私は死にたくないぞ! 私はセルド一族の生き残りだぞ!? 殺すな、生かせ! 私は生きるべきなんだ! ハウツマンのもなんとか言え! 死にたくない、途絶えるぞ、私が死ねば、脈々と受け継がれた王の血族が途絶えるぞ!?」
喚くウルメアに対応したのは、イーストンだった。
障壁を殴りつけるウルメアに近付き、小さな声で問いかける。
「どうしても生きたいの?」
「っ、ああ、どうしてもだ、どうしても! 何とかとりなしてくれ!」
「どんな状態でも?」
「そうだ、私は生きたい、生きたいんだ! 殺すな! ハウツマン!」
「……ハルカさん、少し離れて話そう。皆もいい?」
この中では最もあっさりと吸血鬼を殺しそうなイーストンからの提案に、ハルカは驚いて瞬きをいくつかしてから「ええ、はい」と答えて場所を移すのであった。
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コミカライズ2話の更新日です!





