人質対策
ナミブがハルカたちやケンタウロスの事情を聞いてからは、仲間たちと合流しての話し合いとなった。
普段のハルカは仲間たちと相談しながら方針を決めている。
いくらニルを連れてきているとはいえ、このまま自分だけで方針を決めるのには不安があった。
この話の流れで二つの種族の長が加勢を申し出るのもまた当然のことで、さてどうしたものだろうかというところで、イーストンがそれに答える。
「申し出はありがたいけれど、ここで待機してもらった方がいいだろうね。特にケンタウロスたちは」
「なぜだ! 我らは必ず戦いの役に立つ!」
不満をあらわに立ち上がったグラナドを、イーストンの紅い瞳が冷静に見つめる。
「君たちが僕たちに与しているとばれた場合、あっちは人質を有効に使ってくるよ? 戦いたい気持ちはわかるけれど、仲間のことを考えるのなら堪えるところじゃないかな」
「……なるほど、確かにそうか。しかし、しかしだな……」
憤るのも早いが、鎮静も早い。
おさまりはすれど、納得はできていないようである。
感情をあらわにすることが悪いことだと考えていないだけで、悪意があったり相手を威圧するためにわざとやっているわけではないのだろう。
それでも普通の人族から見れば恐ろしいのだが。
ケンタウロスの上背は、三メートルに及ぶものもいる。
また、下半身である馬の部分も、通常の馬よりもどっしりとしており、足の太さなど、人が踏み抜かれたらひとたまりもないだろうことが見て取れる。
体重は控えめに見てもトンを超えるだろう。
コリンはその突進をいなしコロコロと転がしていたが、普通の人間が前に立ったら絶望しかないはずだ。
ハルカたちの大きい生き物に対する若干の感覚の鈍さは、おそらくナギと一緒に暮らしているおかげだろう。恐れないというのも、戦いにおいては大事なことである。
「では儂らはどうだ?」
「君たちの種族仲がいいのは知られていることなんでしょ? やっぱり人質を前に出してくると思うけどね」
「ぐぬぬ」
わかりやすく歯噛みしたナミブに、イーストンは苦笑する。
そこへカナが話を継ぐ。
「長く緊張の続くにらみ合いをしたのだ。少し休む時間も必要ではないか? 大丈夫、きっと良い結果を持ち帰ってみせる」
理を語ったイーストンに対して、カナが行なったのは安心を与えることだった。
なんだかんだと人質を取られている状況が、この年老いた長たちの心に焦りを与えているのだ。
そこへ胸を張って頼って良いのだという雰囲気を出したカナの効果はてきめんだった。
「……任せてよいのだろうか」
「はい」
僅かに不安をはらんだグラナドの問いに対して、短い肯定こそが正しい答えだった。
「……頼む」
話はついた。
グラナドの納得を見て、ナミブもまた肩の力を抜いて立ち上がる。
「さて、こんな真夜中にいつまで話していても仕方あるまい。儂は陣へ戻って戦士たちに事の次第を説明しよう。グラナド、お主にもその時間が必要じゃろう?」
「そうだな、必要だ。……休息の時間もな」
「そういうことじゃ。ハルカ殿とその仲間達よ。全てを託すことが歯がゆくあるが、同時にそれほど不安ではないのはなんでじゃろうな。出立の時は知らせる必要はない。なにせ、あれだけ大きな竜が空を飛べばいやでもわかる。代わりと言っては何だが、帰り道には必ず儂らの下を再び訪ねてほしい。よろしいか?」
「……はい、約束します」
帰りの約束は、ハルカたちの成功を信じるからこそできることだ。
その期待を感じたハルカは、しっかりと頷いて約束をした。
「では任せた、ひと時さらばじゃ」
連れてきた戦士たちにサマルを加え、ナミブはリザードマンたちの待つ陣地へ帰っていった。
それを見送ってからグラナドも動きだす。
「私たちの陣にあるものは好きに持っていくといい。ウルメアのことも、全て任せる」
そう言うと仲間たちが待つ下へゆっくりと歩いていき、話し合いの結果をよく通る声で話し始めた。
「んじゃ、ナギのとこに戻ろうぜ」
一番に歩き出したアルベルトにハルカたちはばらばらとついていく。
当然のように障壁の中に入ったウルメアも一緒だ。
体を縮めるように座っているウルメアの目は、ぎょろりぎょろりと、ハルカたちの様子を窺っている。その目が余りモンタナを映そうとしないのは、少しでも嫌な記憶を封じ込めておくためであろう。
ナギがグーッと首を伸ばしてハルカたちを出迎える。
結構時間がかかったので心配をしていたのだろう。
心配して迎えに来ない理由は、約束を守るいい子だからなのと、ハルカたちの強さを信頼しているので半々ぐらいだろう。
「さて、あとはこいつをどうするかだよな」
「逃げたんだから雑魚だろ」
ナギの顔も入れて円座を組んだハルカたちの真ん中には、障壁に囲まれたウルメアが座っている。見世物のような状況だが、本人のやって来たことを思えば同情心は湧かない。
いくら哀れだからとはいえ、普通は湧かない。
普通は。
猜疑心と恐怖に溢れた目をして小さくなっているのを、微妙な表情で見ているのはハルカとカナである。
「えー……、ウルメア……さん? あなた方の本拠地の情報とかを全て教えてほしいんですが」
「……………………おい【深紅の要塞】、そいつ、その、ダークエルフと獣人、あいつの、あの」
「ん、なんだ?」
小さな声でぼそぼそと話しかけるウルメアへ、カナが身を寄せる。
「あの、ほら、あいつだよ。……悪夢の関係者じゃないだろうな? 違うよな?」
「んん? ノクトのことか?」
「名前を出すな!!」
頭を抱えて蹲るウルメアは、とても誇りばかりが高い吸血鬼とは思えない。
「師匠がどうかしたんですか?」
「師匠!? お前、やっぱりあいつの……、い、生きてるのか、あいつまだ生きてるのか!?」
「ノクトならぴんぴんしてるぞ。ぷにぷにというか……」
とぼけた返事をするカナに対して、髪の毛をかきむしるウルメア。
落差の激しい絵面に、イーストンは何とも言えずに目を逸らすのであった。





