稀有なもの
「そうじゃな。戦を始めるつもりであったから、ちと気分が高揚しすぎていたようじゃ。さて、黙って話を聞くとしよう。ふざけた話でないことを祈る」
そう言って腕を組んだナミブは、先ほど談笑していた時とは違う緊張感をはらんでいた。旧い友人と再会した老爺ではなく、一族の未来を握る長の顔だ。
ハルカもそれに合わせて表情を緊張させてから、ここに来るまでに脳内でまとめてきた情報を開示していく。
「ケンタウロスたちが戦を仕掛けた理由は、一族の女子供を吸血鬼に人質に取られたからです。それについてはグラナドさんから説明を」
概要は説明できるが、詳細は被害を受けたグラナドに譲る。その方がよりリアルに状況が伝わるし、ハルカ個人としても状況の整理ができると判断してのことだ。
「私たちが平原に広く暮らしていることは知っての通りだ。コボルトは言うに及ばず、巨人も、アンデッドも、私たちが全力で駆ければ追いつかない。だからこそ油断していた。平原の北東で暮らす同胞が、じわりじわりと数を減らしていることに気づいたのは、二月に一度の会合の時だったのだ」
その状況を思い出しているのか、グラナドは悔恨の表情を浮かべながら語りを続ける。
「北東をまとめている若い戦士が軒並み顔を出さなかった。何が起こったのかと、残った戦士を引き連れて向かった先に、このウルメアとその仲間が、顔を出さなかった戦士たちを引き連れて待っていたのだ」
今となっては頭を抱えて小さくなっているウルメアだったが、ほんの数刻前までは居丈高に戦争の指示を出していたのだ。
「これにか……」
納得いかない様子でウルメアを見るナミブに、グラナドが強い言葉で反論する。
「侮るな。ハルカ殿が制してくれたおかげで、今でこそおとなしいが、其奴は決して弱くないぞ。私であっても油断したら危うい相手だ。戦いを長引かせられれば、万が一もある」
「そうは見えぬが……、一旦信じよう」
少し暴れてるくらいの方が説得力があったかもしれない。知らず知らずにメンタルを叩き折ってしまったハルカの失敗である。
「女子供の命が惜しくないのならば、今すぐここで殺し合えと。悩んだ。戦士ならば戦って散るべきだとも考えた。しかし、若い戦士に、懇願されて私は折れてしまった。奴らの傘下として働くのならば、若い戦士と女子供の命は保証すると言われたのだ」
戦となればやり方に綺麗汚いはないのかもしれない。
しかし長い間誇り高く戦士として生きてきたケンタウロスたちにとっては、酷い屈辱であった。それはリザードマンたちにとっても同じである。
「そうして傘下に入った私に、此奴はお主らを不意打ちして人質を取れと言ってきた。だから私は作戦の失敗を装ってお主たちに伝えた。時間をかけ戦準備を整えさせた。私たちは、死ぬならば同じ戦士であるお主たちに殺されるつもりだった」
「なるほど、腑に落ちた。お主ほどの戦士が、拙い攻撃を繰り返したわけも、夜襲をあからさまにこちらに知らせた理由も、全てはっきりとわかった。それだけでお主の話は信頼に値する。しかしだ」
グラナドの重い語りに答えたナミブは、改めてハルカの方を向いた。
「ここで、どうお主らが関わってくるのだ」
「話せば長くなるのですが、簡潔に伝えます。彼らを襲った吸血鬼たちは、ここから南にある大陸の人の国も同じように支配していました。そこで仕留めることができず逃げられてしまったので、こうして追いかけてきたわけです。ここを拠点に再び各地で活動されては困りますから」
「であれば、直接拠点へ向かえば良かったろうに」
「情報を集めているうちに、サマル殿と出会いました。そしてどうやらケンタウロスの方々が、吸血鬼に利用されているらしいことがわかりました。やり口が人の国でやっていたものと同じでしたから」
二つの種族の長の視線が、じっとハルカに集まっている。
ハルカは視線を受け止めながらも俯いたりせずに話を続けた。
「こうなる前、あなた方は手を取り合い暮らしていたと聞きました。起こっているのが望まぬ戦いならば、望まぬ戦いにより命が失われるなら、それを止めるだけの力があるのなら、止めに来るのが道理だと、私は考えます」
「だから止めにきたのか」
「はい。差し出がましく思われるかもしれませんが、想定と違えば私が謝れば済む話です」
話すべきことは話した。
納得してもらえるだろうと思っていても、答えが出るまでの沈黙はひどく長く感じるものだ。
それでもハルカは、真面目な表情のままリアクションを待った。
「ニルよ、そちらの王は謙遜する割には、我らの抱える問題を解決できると確信していたようじゃな」
「うむ、そりゃあ儂らの王だからな」
「待ってください、違います。私だけでなく、仲間たちや、ニルさんやカナさんもいたからこそです。私が一人でなんでもできると思ってた、みたいに言わないでください」
「ま、なんにせよ、こうして戦は回避してもらったわけじゃ。甘いとはいえ、芯もあれば実力もある」
「……あまり高く評価しないでいただけますと」
年老いたリザードマンは、しゅろっと舌を出して口の端から空気を漏らした。
笑っているのだ。
「いーや、駄目じゃ。ハルカ殿よ。森の王よ。よくぞ我らの数百年の絆を守ってくれた。深く感謝をしよう」
曲がった背中をさらに折り曲げたナミブは、横目でニルを見ながら述べると。
すると続いてグラナドも、その立派な顎鬚が地面につくほどに深く深く頭を下げる。
「そうだ、森の王よ。まだ危機は去っておらん。それでも、今一時、私たちはその慈悲深い心に救われた。吸血鬼を倒し捕らえてくれたことに、遅ればせながら、リザードマンの長よりも、さらに深い感謝を」
「わざわざ張り合うでない」
突っ込みを入れたナミブに、グラナドは答えることなく頭を下げ続けた。
一方で圧倒的に年上っぽく見える二人から畏まられてしまったハルカは、この事態をどう収拾したらいいのかわからない。
とはいえ、満足げに胸を反らすニルの手助けは期待できなさそうである。





