戦いの後が大事
加勢に来たケンタウロスの戦士をころころと、というかドスンドスンと、地面に転がして、コリンが大きく息を吐いた。
戦士たちは別に弱いわけではないから、大けがをさせないように転がすのにも相応の労力がいるのだ。平気な顔をしているけれど、疲労感は結構たまってきていた。戦闘不能までやっていないせいで、敵意は強くならないものの、逆に戦線に復帰してくるものもいる。
対多数の乱取り稽古をしている気分だ。
これまで次々と襲われて喋る暇もなかったが、ようやく一息吐けたところで、コリンは半分怒りながら声を上げる。
今まで話をする暇もなかったのだ。
「あのね! 私たちは吸血鬼の退治に来たの! ちょっと黙ってここで待っててよ! 不安ならこっそり見てもいいから!!」
「……見てもいいのか? 邪魔をしてきたではないか」
「いきなり槍で襲ってくるからでしょ! 恥ずかしくないの、こんなに身長差がある武器持ってない女の子襲ってきて!」
「戦場に立ったら戦士だろう。それにお前は俺たちより強い。妙な擬態をするな」
「はぁ……、ほら、見たらいいじゃん」
コリンだって先にいった仲間たちの様子を見れているわけではない。
それでも、当然吸血鬼達に勝利しているであろうと信じていた。
「そうやって後ろから襲ってくるのでは?」
三度ほどコリンに投げ飛ばされたケンタウロスが疑いの目を向ける。
「……そんなせこいことするつもりなら、とっくに何人か殺してるけど」
「失言だった、戦士よ。当然そんなことはないと信じよう」
じろりと睨まれたケンタウロスは、ぎこちない動作でコリンから視線を逸らした。
「で、どうなの、戦況。ちょっと邪魔、見えないんだけど」
角を曲がったところで様子を見ているケンタウロスを押しのけて顔だけのぞかせる。
そこには灰の山が三つ。
一際立派な体躯をしたケンタウロスとレジーナが武器をぶつけ合うのを、コリンの仲間たちが、そこらに建てられた立派な天幕を探りながらちらちらと眺めていた。
「長が戦っている。話が違うぞ?」
「吸血鬼は死んでるみたいだけど?」
「どこにいるのだ」
「ほら、あの灰。吸血鬼の死体」
「ほう、吸血鬼は死ぬとああなるのか。ではなぜ長は戦っているのだ?」
「…………どっちも本気でやってるから、周りが見えなくなってるんじゃないの?」
「ほう、あの娘も擬態か。人族の女性は強いのだな」
「いや、レジーナはいつも怖い顔してるでしょ」
コリンが基本的にニコニコ笑顔なら、レジーナは大体の場合むすっ、ぎろっ、という感じだ。
「それにしても、むむ……」
吸血鬼がいないとわかったとたん、ケンタウロスたちはぞろぞろと通りに姿を出して、真剣な顔をして見学をはじめてしまった。
「……レジーナが押してるっぽいかな」
「いいや、長が勝つ。年老いたがそれでも未だ我ら一番の戦士だ」
よく見れば確かにレジーナの方が負っている傷は多い。
しかし、今の状況を見ると、レジーナが一方的に押し込んでいるように見える。
ケンタウロスたちはそれを認めたくないのか、コリンの言葉を否定したが、実際の状況は理解しているのか表情は険しい。
一合重ねるごとに、長い槍を自由に振るえなくなっているのは、もはや誰の目にも明らかだった。
やがてレジーナの金棒がグラナドの槍を上から下に叩き、その穂先が地面に埋まった。そのまま槍の柄を滑らすように斬り上げられた金棒が、グラナドの横っ面ぎりぎりで静止する。
「あたしの勝ちだ……!」
ぎらぎらと目を輝かせたレジーナが宣言すると、グラナドは夜空を仰いで槍から手を放す。
「私の負けだ……。もはやこれまでか……、殺せ」
「なんでだよ」
理解できないとばかりにアルベルトが言い返すと、グラナドは足をたたんで地面に座り込んだ。
「どこの勢力のものかわからんが、負けて生きては捕まっているものたちへの申し訳が立たん。逃げ出したウルメアがこのことを報告すれば、捕虜たちは皆酷い殺されかたをしよう……」
「逃げたやつはハルカが捕まえてるんじゃねぇかな」
「他にも仲間がいるのか? しかし夜に空を飛ぶ蝙蝠を全て捕縛するのは難しかろう」
アルベルトの端的な返答では不安が募るばかりだ。
イーストンが前に出てグラナドへの回答を引き継いだ。
「大丈夫だよ、そのために二手に分かれたんだから。確認してくるから、一族をまとめてここで待っていてほしい。くれぐれもリザードマンとの開戦はしないように。一応そっちへの説得要員も用意してあるから、全部任せておいて。それから、これ大事な確認なんだけど、吸血鬼は全部で何人いたかな?」
「四人、逃げたウルメアで全員だ」
「うん、じゃあ問題ないね」
話を聞いている間にフォルと合流したカナが、その背にひらりと飛び乗る。
「私が行ってくるのが一番早いだろう。こちらが片付いたことを伝えて、ハルカさんたちを連れてくる」
カナがそう言って陣地から飛び出していくと、今度は勝負に勝ったはずのレジーナが、グラナドの前に立って口を開く。
「おい、お前本気出してたか?」
「出していたとも」
「本当か?」
「……しいて言うのであれば、私たちは守る戦いが得意でない。広い場所で駆け回りながら戦うことこそが、私たちの本領だ。先ほどの戦いで出せるものは全て発揮した」
どこかグラナドの態度が腑に落ちなかったのだろう。
説明を聞いたレジーナは、ようやく納得がいったようで、鼻から息を吐いて、金棒を地面についた。
「次は広い場所で相手をしろ、いいな」
「……望むなら構わないが」
「おい、俺も俺も」
「…………妙な若者たちだな」
妙だと思いつつも気分は悪くない。
グラナドはこれまで人質を取られて、戦うこともできずに吸血鬼たちに無理やり従わされてきた。
言葉とは裏腹に自分の表情が穏やかなものになっていることには、どうやら気づいていないようだった。





