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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
その土地に住まうもの

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戦血のウルメア

 数歩で十分な加速をしたフォルは、まっすぐケンタウロスたちへ突っ込んでいく。

 四本の槍を構えたカナは、背筋を伸ばし、上半身を一切ぶれさせることなくまっすぐ前を見つめていた。


 ケンタウロスたちも、長くこの〈混沌領〉で生きてきた戦士たちだ。時には巨人たちやアンデッドと戦い、群れと土地を守ってきた。

 いかに見たことのない強者と竜が相手でも怯んだりはしない。


 それぞれが槍を構えて、人竜一体の一組がやってくるのを待ち受けた。

 ただし、ケンタウロスの強みはその機動力と突破力にある。そもそも受け身にまわってしまっている時点で、アドバンテージをカナに渡してしまっていることには気づいていないようだった。


 接敵。

 フォルの勢いは増すばかりだ。

 ケンタウロスたちは丈夫そうに見えるフォルではなく、カナを狙って槍を突き出す。

 カナの槍も同じく射程に入っているはずであるのに、それはまだ動いていない。

 わずかに身をよじって、突き出された槍をくらったように見えたカナだったが、槍の先端は突き刺さることなく後方へそれた。

 そして集団の中へ踊り込んだカナは、四本の槍それぞれを巧みに操り、その刃の部分以外でケンタウロスたちの急所を襲撃し、確実に戦闘不能に追い込んでいく。


 集団を通り抜けるまでに半分。

 戻ってくるまでに半分。

 アルベルトたちの下へ戻ってきた時には、その場に立っているケンタウロスは一人も残っていなかった。


 頭部に打撃を受けたものは昏倒し、胴体へ攻撃を受けたものは、足を折りたたんで苦悶する。


「進みましょう。時間がありません」


 カナは空の色が完全に暗くなったのを確認して前へ進む。いつもの穏やかな押しに弱そうな雰囲気はどこへやら。今は戦場に立つ一人の英雄の顔をしていた。


 そんな一行の前に、一人のケンタウロスが、胸を押さえながら立ち上がる。

 先頭に立って話をしていたリーダー格のケンタウロスだった。カナの一撃をわずかに逸らしていたのか、他よりも立ち直りが早かったようだ。

 とはいえ、相応のダメージはあるのか呼吸が苦しそうに見える。


 カナは眉間に皺を寄せて言葉を絞り出す。


「悪いようにはしないと約束します」


 そうして繰り出された槍の柄による一撃は、確実にこめかみを払う。


「頼む……」


 倒れる直前に、表情を歪めたケンタウロスの小さな声が聞こえた。

 悔しさ、不安、わずかな希望。

 圧倒的な強さを持つカナの言葉にすがることしかできない不甲斐なさ。

 立派な戦士のものとは思えない、か細い一言だった。


「漏れなく仕留めないといけないね」


 イーストンの言葉に、カナとアルベルトが頷き、レジーナは負けたケンタウロスを見てふんっと鼻から息を吐き出した。



「……騒がしい」


 昼間にケンタウロスの族長を脅してから休んだ女吸血鬼は、それからずっと騒々しい駐屯地の音を聞きながら眠っていた。

 やかましい準備の音は、眠りを妨害してきて腹立たしかったが、八つ当たりするためにわざわざ起きるのも面倒で無視を決め込んでいた。

 戦闘を準備しているだけまだマシだ。


 これまでも人質を殺すぞと散々言ってきたのに、のらりくらりと躱され続けて、いい加減我慢の限界だったのだ。

 ケンタウロスをうまく使えと言われて送り出されたから、無茶をせずに我慢してきた女吸血鬼だったが、今度こそ人質を本気で殺してやるつもりだった。

 街へ連絡して次に逆らったら見せしめに数人殺していいと許可までとったというのに、言うことを聞き出したことはほんの少しだけ不満だ。

 傲慢な女吸血鬼は、その心うちを綺麗に見透かされていたことに未だ気づいていない。


 この駐屯地まで来ている吸血鬼の仲間は三人だけ。それぞれすでに三百年近く生きており、それなりの大物たちである。


 なかでもこの女吸血鬼は五百年は生きており、本来ならばゲパルト辺境伯領占領ののち、そこの支配者として赴くはずだった。

 助言をしてやったにも拘らず、送り込んだ部下たちが失敗したせいでこんなところで燻っているわけだ。

 せっかく策として招いた帰らずの森の女吸血鬼も行方知らずで、全くもって気に食わないことばかりだ。


 ちなみにかつて北方大陸で戦争があった際に、あの【血塗悪夢】を前にして生きて戻ったというのが、この女吸血鬼の自慢である。

 しかし部下しか送り込まなかったところを見ると、特に再会したいとは思っていないようである。


 かつての戦場に紛れ、散々人の血を吸って力を蓄えたこの女吸血鬼は、今日も策士のような顔をして、ゆったりと外へ顔を出して指示を飛ばすケンタウロスの長を捕まえた。


「やかましい。騒いでいる暇があったらさっさとリザードマンを蹂躙してこい」

「お望みとあらばそうするが、先ほど頭上を巨大な飛竜が通り過ぎ、少し先で着陸した。斥候部隊を出したところだが、まだ戻ってきていない」

「巨大な飛竜ぅ? 何ですぐに報告しない」

「……申し訳ない。ただ、何者かがこの地に侵入してきているようだ」


 以前から寝ているところを起こしたら殺すと言ってきた女吸血鬼だ。わざわざ報告なんてするわけがない。

 その発言を棚に上げての文句だったが、ケンタウロスの長は反論せずにただ頭を下げた。

 そうして耳を澄ませて、だんだんと騒ぎが近づいてきていることを確認する。


「これだから馬は、頭も悪いくせに自分で判断しようとして」

「なんだ、ウルメア、騒がしい……」

「何があったんだ?」


 女吸血鬼ウルメア同様、ダラダラと眠っていた吸血鬼たちが顔を出して文句を言う。この中では最も長く生きているウルメアだったが、同じ志を持った仲間ということで、共に来た吸血鬼たちには特別に無礼な態度も許してやっている。


「大きな竜が空を通り過ぎたんですって。で、どうなのよ」

「……来た」

「はぁ? 何わけのわからないこと……!」


 ケンタウロスの巨体が角から転がってきて、ぐったりとそのまま動かなくなる。

 そうして現れたのは、小さな体に似合わぬ金棒を持ったレジーナだった。

 レジーナはギロリとウルメアを睨んで尋ねる。


「てめぇが吸血鬼か?」

「……なんだ、お前? だったらなんだ」

「殺す」

「……人風情が! おい、あいつを殺せ」


 ウルメアは動かない。

 ケンタウロスの長に、レジーナを殺すよう指示を出して薄ら笑った。

 

「逃げんじゃねぇよ」

「お前の相手はこいつで十分だと言ってるんだ」


 バカにするように笑ったウルメアは、そのすぐ後ろから現れた人物を見て、表情を凍り付かせる。


 ウルメアは知っていた。

 戦場で前に立つべきでない相手を知っていたのだ。


 そのうちの一人である【深紅の要塞クリムゾンフォートレス】を見たウルメアは、一瞬にしてその身を崩しレジーナの言葉通りに逃げをうったのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相対したらどうにもならない奴がいるのわかってるのに敵対行動してる辺りに長命種らしい傲慢さが表れてるし 散々イキっておいて逃げれる判断力はそこまで生き延びた猛者らしい だが(ハルおじいる時点…
[一言] 逃げた相手が寿命で死ぬまで大人しくしてないからそうなるんやで。 あの爺さんに寿命あるかどうかはわからんが。
[良い点] かつて【血塗悪夢】から逃げられたのが、この女吸血鬼の自慢で、今回も相手を見た瞬間に即、逃げの手に走るのがなんかシュールでした。
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