遺物
遠目に煮炊きの煙が見えてきた。
細く白い煙が、いくつも昇っている。
「ぎりぎりだったな」
「どういうことです?」
つぶやきにハルカが反応すると、カナは昇る煙を指さして続ける。
「煮炊きの量が多いから、おそらくぶつかる直前なんだ。おそらく今晩か明日にでもやり合うつもりなのだ」
「……わざとわかるようにしている。思えば最初からおかしかった。ケンタウロスと我々砂漠のリザードマンは、幾度も協力して巨人どもと戦ってきた。通常であれば、わざわざ仕掛ける時期を相手に知らせるような愚かな真似はしない」
吸血鬼がどのように人を『管理』していたかを知ったサマルの声色は硬かった。
ケンタウロスが同じような状況に陥っている可能性が見えて、心を痛めているのだ。
「この時間、吸血鬼は寝てるかなー……?」
コリンが言うと、イーストンが目を開けて間もなく日が沈み切ろうとしている空を見る。
「どうかな。別に夜でないと動けないわけじゃないからね。起きてると考えて乗り込むべきだよ」
「ん、わかった。中に入るのって私とアルとレジーナ、イースさんとカナさん……あとフォル君でいい?」
凛として立っているフォルは、君付けで呼ばれたことが不満なのか、つんとそっぽを向いてカナに宥められている。
「はい、お願いします。私たちは逃げ出す吸血鬼を見張ります。こちらが、私、モンタナ、ニルさんとサマルさん、それにナギですね」
最終確認が済んだところで、ナギは戦場の上空を悠々と通過する。
どちらの陣営の戦士も、戦の準備をする手を止めて空を見上げた。
ケンタウロスたちが陣を取る草原の向こう側へ、ナギはゆっくりと着陸する。
ここに第三勢力が陣取ったことは、戦場の誰もが把握したことだろう。
「皆さん、よろしくお願いします。私とモンタナは、ナギの上から監視を続けます」
「行ってくる」
ハルカが障壁で作った階段を出す前に飛び降りたのはレジーナだ。
一言声をかけただけでも成長だろう。
そのあとを全員が追いかけて飛び降りていく。
「カナさん、お願いします」
「うん、全力を尽くす」
言葉少なに答えたカナは、フォルと同時に音もなく地面へと飛び降りた。
ケンタウロスの陣地へ向かう仲間たちの背中へ、ハルカは言葉を投げかける。
「無事に作戦を終えましょう!」
「任せとけ!」
すでに抜き身の大剣を振り上げたアルベルトが、振り返ってにっかりと笑った。
立派な体格に成長したアルベルトがそうして自信満々でいると、ハルカが胸のうちに隠していた不安も少しだけ和らぐ。
「陛下よ、儂は地上を見張るぞ! 何か見えたら教えてくれ」
「わかりました! ……モンタナ、任せます。私も気にしていますが、あまり自信はないので」
こくりと頷いたモンタナの袖から出てきたトーチが、腕を伝ってモンタナの頭の上に登る。
まもなく夜だ。
夜の王、吸血鬼の時間が訪れる。
◆
日が暮れてもしばらくの間はうっすらと空が明るい。
たとえ真っ暗になったとしても、ケンタウロスたちの陣地には煌々とかがり火がたかれているから、戦いに困ることはないだろう。
ナギの下を離れて五分も走れば、すぐ目の先にケンタウロスたちの陣地が現れる。
彼らも馬鹿ではないから、空を飛んで現れた乱入者に対してすぐに斥候を放ったようだった。
槍を手に取った戦士たちのお出迎えだ。
カナがフォルに飛び乗って一歩前に出た。
フォルに括りつけられた槍を解いて、両手に二本ずつまとめて持って振り返る。
「任せてもらってもいいだろうか?」
「あたしがやる」
「いや、俺がやる」
「あ、うん、そうか……」
ちょっと肩を落として眉をへの字にしてしまったカナである。
「レジーナ、アル! 交渉できないんだから下がりなよ」
「すみませんカナさん、お願いします」
イーストンが注意をして、コリンが慌ててカナに謝罪する。
「いいのか、私も交渉が得意なわけではないから……」
ちょっと自信を無くしたカナが言い訳をしているうちに、先頭に立っていたケンタウロスが声を張り上げた。
「何者だ! 何をしに現れた!」
遠吠えにしては低く、荒さの目立つ、細かく揺れるような吠える声。
そうしてフォルがざり、と地面をかくと、すっかりしょげていたカナの顔がきりっとしたものに変わった。
「私はカナ=ルーリエ! 南の大陸より吸血鬼を追ってここまで来た! 道を空けてくれ!」
ケンタウロスの反応は様々だった。
戸惑ったり、奥歯を噛みしめたり、目を逸らしたり。
そのどれもが戦士らしくない反応であった。
「……そういうわけにはいかん! ここを通るのならば我らを倒していけ」
「……そうか、どうしてもか!?」
「どうしてもだ!」
カナの腰のあたりにまとまっていた防具と思しき金属が、ぎしりとうごめく。
ゆっくりと花開くように展開し、アルベルトたちはようやくそれが何であるかわかった。
金属で作られた第三第四の腕だ。
間違いなく遺物だろう。
それがゆっくりと動き、カナが片手に二本ずつ持っていた槍をつかみ取った。
槍を四本使う。
以前ノクトが言っていた言葉を思い出しながら、アルベルトは目をキラキラと輝かせて呟く。
「かっけぇ…………」
「行くぞ!」
掛け声とともにフォルが駆け出すと、その後ろで目を細くしたレジーナが隠す風でもなくぼそりと言った。
「虫みてぇ」
どうやらレジーナにはカナの身に着けた遺物のロマンが伝わらなかったようである。





