瀬戸際
「吸血鬼か。コボルトたちもそれで連絡を絶った可能性があると」
「かなり可能性が高いかと」
サマルは腕を組んでしばし沈黙したが、やがて考えがまとまったのか口を開く。
「ケンタウロスたちが消極的だったのも、それが理由だとすれば納得がいく。しかし睨みあってすでに数日、今はもうぶつかってしまっているかもしれない。説得をしてくれるのであれば急ぎたい。残りは現場へ向かいながらでもいいだろうか」
「サマルさんもついてきてくださるんですか?」
「そうすれば話を聞いてもらえる可能性も少しは上がるだろう。出立の準備をしてくれ、俺もすぐに準備して戻る」
サマルの判断は早かった。
武器と食料と水だけを用意すると、すぐに戻ってくる。
ナギの背に乗り込むのにはほんの少しばかり逡巡していたが、緊急事態に迷っている暇はないと考えて、気合を入れて乗り込んできた。
ナギが浮かび上がると、サマルは掴まるところがないかと慌てて辺りを見回したが、それほど揺れないことにすぐ気づいたのか両足を踏ん張ってすぐに胸を張った。
にらみ合っている方角をサマルに確認し、ナギにはそちらに向かって真っすぐに飛んでもらう。その間背中の上では作戦会議だ。
「ケンタウロスが人質を取られているんだとしたら、見張りもいるはずだ」
「んー、だとしたら逃がしたらまずいよね。降りる場所は戦場よりも東側にするべきかも」
カナが切り出して、それを受けたコリンが着陸地点の提案をする。
吸血鬼を全員仕留めてしまえば連絡がいかないというパワープレイをする気である。
「そうすると……ケンタウロス側に攻勢を仕掛ける形になるでしょうか?」
「吸血鬼を仕留めるならそうなるです」
もしリザードマンとケンタウロスたちが開戦していた場合、挟み撃ちをするような形になって、ケンタウロス側に大きな被害が出そうだ。こればかりは現場についてみないと判断がつかない。
通常であればとっくに戦いが終わっていてもおかしくないくらいに日は過ぎている。
にらみ合うことだってただではないのだ。
本来なら戦なんてさっさと始めてさっさと終わらせたい。
「急がないといけないですね……」
ハルカが呟くと、レジーナが地図を見ながら尋ねる。
「こっからここまでどんくらいかかりそうなんだ?」
レジーナの指がなぞったのは、先ほどまでいたギ族のキャンプから、戦場までの直線である。
ハルカは頭の中でざっと計算してから、もう一度指で軽く距離を測る。
「今からですと……、丁度日暮れに近くなりますね。どこか手前で一晩過ごしてから行く手もありますが……」
「戦い、始まっちゃうかもしれないんですよねー?」
コリンがハルカの懸念を伝えると、サマルはゆっくりと頷く。
「早ければ早いほどいいが……」
「…………私は、このまままっすぐ向かった方がいいと思うのですが、どうでしょうか?」
リザードマンたちの身を案じているというのもあったし、仲間達ならば夜であっても吸血鬼と渡り合えるのではないかというハルカからの信頼であった。
「俺はいいぜ。全員倒せばいいんだろ」
真っ先に賛成したのは、アルベルト。
ちゃんと話はなんとなく理解したうえでの賛成だ。
夜の方が強いのだから、夜にこそ戦う価値があるとちょっとだけ思っているのは秘密だ。
「……ハルカさんはモンタナと組んでナギと一緒に待機。空から逃げる吸血鬼らしきものがいたら、全部障壁で囲って捕まえて。多分空を飛ぶ速さも、吸血鬼よりハルカさんの方が速いはず。中には残り全員で入るようにすれば、漏れがないんじゃないかな」
イーストンが全体の流れを決め、ハルカたちが頷く。
現場につかなければ判断のつかないこともあるが、そこはもう都度判断していくしかない。
「あ、アル、レジーナ、吸血鬼以外とやむを得ず交戦することになっても、できるだけ殺さないでくださいね? もちろん二人の身の安全が最優先ですが」
「おう」
生返事と返事なし。
別に返事がなくても聞いているのはわかっているので問題はない。
殺さないほうが難易度は高まるけれど、乗り込む面々なら不可能ではないはずだ。
「あ、サマルさんはハルカたちと一緒にナギの近くに待機してくださいねー」
「む、なぜだ。俺も戦うぞ」
「サマルさんが乗り込んだら、リザードマンが攻めてきたと勘違いして正面がぶつかっちゃうかもしれないので」
「……なるほど、仕方ない。待機する」
他にも夜の吸血鬼と正面からぶつかり合うのが難しいという理由もあったが、そちらについてはプライドを傷つけかねないので伏せておくコリンであった。
◆
「いつになったらリザードマンを蹂躙できる?」
ソファに寝転がった白い肌の美女が、目も開けずに声を発する。
「リザードマンたちとは長い付き合いだ。互いの手の内はわかっている。効果的に隷属させるためにはもう暫し時間が必要だ」
「なるほど、なるほどなぁ、では仕方あるまい」
恥も外聞もなく、口を押さえずに大あくびをした美女の犬歯は鋭い。
口を閉じてその紅い瞳を覗かせた美女は、ゆっくりとその表情を険しくして、長い顎髭を生やしたケンタウロスを睨みつけた。
「最初の攻撃で数人攫ってくればそれで済んだ話ではないのか? 私を馬鹿にしているのか? それとも無能なのか? 一人二人ミンチにして魚のえさにすればもう少し必死になるのか? ん?」
「…………機は熟していないが、ご希望とあらば明日にでも突貫してみせる」
「ではやれ、明日だ。いや、今晩がいい。夜に不意打ちしろ」
「……不意打ちか」
「危機感が足りんな。やはり殺すか」
「やらせてもらう、準備をするので失礼する」
「それでいい」
再び目を閉じた美女と、四つの足を鳴らしながら退室するケンタウロス。
「もはやここまでか」
時間稼ぎの限界を悟ったケンタウロスの長は、一族に戦の準備をさせるべく重いその足をゆっくりと動かすのであった。





