話し合いと価値の置き場所
「ここからさらに東にはどんな種族が住んでいる?」
交渉をするのは変わらずニルだ。
状況は理解しているし、砂漠のリザードマンたちにしても、同じリザードマンと会話する方がやりやすいだろう。
「やや南にケンタウロス。東の肥沃な土地は我らとケンタウロスで分け合って使っていた。その先にはコボルトが住んでいる。ただ我々若いリザードマンはコボルトと出会ったことはない。俺たちの祖父の世代は、やりとりをしていたというが、いつからかぷつりと関係が途絶えたとか」
どこからかやってきた吸血鬼がその頃にやってきたのだとすれば辻褄の合う話だ。
「様子を見に行こうとは思わなかったのか?」
「俺に聞かれてもわからん。ただ当時はそんな意見もあったんじゃないのか?」
それ以上詳しい話は出てきそうになかった。まだ年若いのに、祖父の代の話を知っているだけでもたいしたものだろう。
「陛下よ、他に何か聞きたいことはあるか?」
「そうですね……」
ケンタウロスに魔の手が伸びているかもしれない以上、ここから先はもう急ぎで本拠地を襲撃するしかない。
砂漠の端まで移動したら、夜中に出発して朝方にその本拠地を急襲する形になるだろうか。
問題があるとすれば、リザードマンとケンタウロスの戦いについてだろう。
もしケンタウロスが人質などを取られて尖兵とされている場合、そこに待ったをかけておかないと無駄に命が散ることになる。
この旅の目的は吸血鬼たちの討伐になるから、そこに立ち寄るのは本来の趣旨と外れることになるのだが、見過ごすのも気分が悪い。
「サマルさん、ケンタウロスの襲撃で死傷者は出ていますか?」
「それなりに。ただしまだ死者は出ていない」
「全面戦争になっているのにですか?」
先ほどジ族が蹴散らされた、という話を聞いていたので、意外な答えだった。
「……実は最初の襲撃では、我らの暮らす地を踏み荒らし、宣戦布告をしただけだったのだ。その時は慌てて逃げ出して転んだ子供が擦り傷を負い、張り切りすぎた年寄りが腰を痛めたぐらいだった」
「それはいつ頃ですか?」
「一月ほど前になる。我らもそれぞれの長を連れて話し合い、ケンタウロスの言い分を聞こうと決めた。そうして準備をして向かったジ族の戦士が、話し合いのきっかけすら持てずに蹴散らされたのだ。しかし、その時もまた死者はいない。幾人かが捕まっているが、それが交渉に使われる様子もない」
やはり普通の戦とは違う。
どこか躊躇いのような、時間稼ぎのような意図を感じるやり方だ。
「あのー、なんで聞けばそんなに簡単に教えてくれるの? 戦の話とか知らない人に話して大丈夫? 何か話してないこととかあったりしない?」
コリンが疑問に思ったことを素直に口にする。
質問をする前にモンタナに彼らが嘘をついていないことを確認したが、それでも物事を誤魔化す方法はある。
あまりに全てのことにスラスラと答えてくれるので、コリンは却って疑念を持ってしまったのだ。
今回は裏にかなり悪辣な手段を取る吸血鬼がいるから、余計に神経を尖らせている部分もあるかもしれない。
サマルは舌を二、三度しゅろっと出してから、ため息をついて答える。
「武力に訴えかけられれば勝てんのだ。ならば素直に話すしかないだろう。全員が勝負に負けた時点で、隠し事などする気はない。それに大戦士ニル=ハの話は聞いたことがある。砂漠以外にもリザードマンの強き戦士がいると聞いて、胸を躍らせたこともあった。それだけではない。小さなお前たちが我らを圧倒したことに、我らは敬意を表しているのだ」
コリンは何度か考えるように瞬きしてから頭を下げる。
「……わかりました、すみません」
リザードマンたちのセキュリティの甘さに思うところがあったコリンだが、それが確固たる信念に基づいたものだと知って、申し訳なくなったのだ。
人の社会の利に慣れすぎているから、即座に順応はできないけれど、それでも尊敬するべき一つの生き方として理解したのだろう。
謝る前にモンタナの方を確認しなかったのが、コリンなりの誠意であった。
「理解してもらえたようで嬉しい」
「俺は最初からわかってたけどな」
「……まあ、そうかもね。今回はわたしが悪い」
コリンが大人しくなったところで、ハルカはカナに尋ねる。
「彼らに事情を話しても?」
「それは……、戦を一時的に止めるためだろうか?」
すぐさまその理由を看破されて、ハルカはうっと言葉を詰まらせる。しかし、今は相談の段階だ。駄目と言われたならその時だと、ハルカは言葉を続けた。
「そうです。まっすぐ目的を果たすべきなのはわかっているつもりなのですが……」
「ハルカさん」
「はい」
名前を呼ばれて話を止められて、ハルカは神妙に返事をした。
「私からもそれを提案しようと思っていたんだ。付き合わせる期間が長くなってしまうし、より戦いが厳しくなる可能性もあるのだが……。みんなが良ければそうしたい」
カナがぐるりと全員を見回すと、それぞれが頷いて了承を示す。
「その、事情とは何なのだろうか?」
目的が一致したことにほっと胸を撫で下ろしていたハルカだったが、後ろから控えめな質問が飛んできたことで、慌ててサマルに向き直った。
「あ、今、今説明しますね」
「そんなに慌てなくともいいが。……森の王は随分と親しみやすいのだな」
「うむ、陛下はとても穏やかでいらっしゃるのだ」
ニルが声をあげて笑うと、サマルも苦笑気味に笑い声を上げる。
場が少し和んだところで、ハルカは自分たちが抱える事情の説明をはじめるのだった。





