魔の手
ニルが相手の槍を自分の槍でからめとって宙へ投げ出した。
唯一その場で止まって相手を待ったコリンは、それぞれの対戦結果を見てからの接敵である。
拳は握らず開いたまま自然に前に構える。
基本的には身一つで、手首から下ろしてきた手甲だけがコリンの武器だ。
遠間から繰り出された槍は、その特徴を十分に活かす突きだった。
急所を外して突き出されたその攻撃の速度、重さを想像し、手甲部分に必要な量の魔素を集める。
ぎりぎりまで引き寄せて、手甲で押しのけるように槍の軌道をずらしつつ、潜り込むように間合いに入り込む。
慌てたリザードマンの戦士が槍を一度引き戻そうとしたときには、コリンはリザードマンの手首に触れていた。ぐっとコリンはそこに体重を乗せ、リザードマンの槍を引く力のベクトルを操作する。
リザードマンの長身が前方へ傾ぎ、そこでコリンはさらに下へもぐりこむ。
ぐるんと戦士の視界がまわる。
地面、背後、空。なすすべないのは、自分の体重や力の流れに加えて、コリンの力まで加えられて投げられているからだ。
それを追いかけるようにバク宙したコリンは、リザードマンの背中が砂漠にたたきつけられるのとほぼ同時に、その頭部の真横にざん、と勢いをつけた足を振り下ろした。
砂地とはいえ、深く綺麗に足跡を残したその一撃が顔面に当たっていれば、いかに丈夫なリザードマンと言えど、継戦するのは相当難しいことだろう。
「勝ち?」
もう片方の足が顔面に迫った状態のままリザードマンの戦士は答える。
「降参だ……」
五対五の戦いがあっという間に終わる。
「わぁ」
と声を上げて拍手するハルカとカナ。
とぼけた二人をサイドから見ているのは愛竜フォルと、眠たそうなイーストンである。
ナギは一緒に称賛しようとしたのか、がぱっと口を開けてから、どうするか暫し迷ってその口を閉じ、尻尾を横にずりっずりっと揺らした。砂が舞ってフォルが嫌そうな顔をしている。
「さぁてと、話を聞いてもらおうか」
一撃も受けずに武器を取り上げられたサマルは悔しそうに口をぎゅっと閉じて俯いたが、すぐに顔を上げて答える。
「もちろん約束は守る。戦士たちの話を聞こう!」
「そうだ、それでこそリザードマンの戦士だ」
大きく頷くニルの横へハルカは歩いていき、サマルに話しかける。
「治癒の魔法を使えるのですが、怪我をした人がいれば治療をしても?」
「……む、我らのではないとはいえ、王の手を煩わせるのは」
生真面目なサマルが答えるが、珍しくハルカはそこで引かない。
「治させてください、できるだけ遺恨はないようにしたいんです」
敵対しているわけでもないのに、怪我をしたまま放置するのは気が引ける、
砂漠には危険な魔物がたくさんいるようだし、一時的とはいえ戦士の数が減るのは、ギ族としても歓迎すべきことではないだろうと考えていた。
というか、大きなけがをしているのは、レジーナにやられたリザードマン一人だ。
未だに立ち上がることができていない。
殺してはいないが全治数カ月くらいの怪我は負ってそうである。
「……では、申し訳ないが頼む」
サマルの許可をもらったハルカは、動けないでいる戦士に近寄り、声をかけて治癒魔法を使う。まぁこれぐらいの怪我であれば身内の訓練でもよくあることなので、治療するのも慣れっこだ。
あっという間に痛みが引いて動けるようになったリザードマンは、驚いておそるおそる立ち上がり、戸惑いつつもハルカに礼を言った。
「すごいな、ありがとう」
「いえ、痛むところはありませんか?」
「まったくない、すっかり良くなっている」
振り返ったハルカは「他に怪我をされた方は?」と尋ねるが、それはリザードマンに向けてである。仲間のことは気にしていないその様子に、若いリザードマンたちの戦士は歯噛みしつつ、自分たちが完敗したことをはっきりと悟ったのであった。
その場でどっかりと腰を下ろしたサマルにならって、他のリザードマンの戦士たちも砂の上に座り込む。
それにならってハルカたちも対面に並ぶように腰を下ろした。
「それではまず、最初に聞きたいことがある。随分と若い者しかいないようだが、これはいったいどういうことだ?」
最初に口を開いたのは、今まで通りニルだった。
若者しかいないというのはニルにしかわからない情報だ。ハルカたちではリザードマンの見た目の年齢はよくわからない。
「ここにいないものは、ケンタウロスたちとの戦いに臨んでいる。その留守を我々若き戦士たちが預かっている」
「その昔、儂が来た頃は悪くない関係だったはずだが?」
「近頃急にあちらから襲ってきたのだ。ジ族の多くが蹴散らされ、全面戦争となっている。今は押し返して砂漠と平原の境に陣取っているが、我々若いものは戦線から遠ざかるよう指示された。これはギ族・ジ族・ド族・ナ族・サ族の全てがそうだ。万が一にも血を絶やさぬため、それぞれがこの砂漠に散らばって過ごしている」
相当に激しい戦いが繰り広げられている想像がつく、生々しい告白だった。
「なぜそんなことに……」
思わずハルカが呟くと、サマルも困惑したように首を横に振った。
「分からない。ケンタウロスは一族と平和を愛する種族だ。それでもひとたび敵対すれば苛烈に戦いに臨む戦士でもある。我らリザードマンとは相性が悪くなかったはずなのだ。急に襲い掛かってきた理由は全く分からない。ただ、少し前にリザードマンではない何者かと戦ったようだ」
ハルカが深刻な顔で話を聞く中、仲間たちは互いにアイコンタクトを取った。
どうやらケンタウロスには吸血鬼の手が伸びている可能性がありそうである。





