交渉手段の色々
翌朝、ナギの背に乗ること一時間ほどで、組み立て式の立派なテントがいくつも見えてきた。近くには水場もあり、草木が生えているのも見える。
ナギが近づくと当然のように武器を持ったリザードマンたちがテントから飛び出してきたが、それはもう仕方のないことだろう。むしろ警戒をしないほうが問題である。
わざと少し遠くへ着陸したハルカたちは、ナギの背中から降りて砂漠のリザードマンたちがやってくるのを待つ。
砂丘の向こう側から慎重に顔を覗かせたリザードマンたちは、ナギの足元にハルカ達がいることに気づくと、一斉に顔を出して誰何する。彼らはニルたちとは違い、茶色い肌をしており、それだけで砂漠の民なのだろうことがなんとなくわかる。
「何者だ! 何の目的でやってきた!」
ハルカが答えようとすると、ニルが腕を上げてそれを制した。
「陛下よ、まぁ儂に任せておけ」
旅に来てからというものニルには随分と世話になっているが、同時に少々事を面白おかしい方に運ぼうとする傾向がある。
「……お願いします」
それがわかったうえでハルカは、この場をニルに任せることにした。
昔やって来たことがあるのだから、適任であることには違いない。
ずいと前に出たニルは、槍の石突部分で砂をどんと突き、その巨体を目いっぱい大きく見せながら雷鳴のような名乗りを上げる。
「西方にある森の大戦士ニル=ハが、儂らが王を連れはるばるやって来たぞ! 疑いがあるならば戦士を前に出せ! ないならばそちらの長との会談を望む!」
砂丘の上のリザードマンたちは、顔を見合わせた後、一人の戦士を前に出した。
「我こそは砂漠の戦士サマル=ギ! 我らに勝つことができれば話を聞いてやる!」
「変わらんな、砂漠の戦士よ! そちらは何人出せる!」
「そちらが一人というのならば一人! 二人というのならば二人! 人数はそちらで決めよ!」
「承知した、しばし待て!」
自らを戦士と名乗るだけあってわかりやすい。
強者の話は聞くというスタンスはすがすがしかった。
「で、儂と誰が出る?」
手を挙げたのは四人。
当然のようにレジーナ、アルベルト、モンタナ。
そして珍しいことにコリンもそれに加わった。
「……訓練の成果試したいし、たまにはね」
ちなみにカナは愛竜のフォルに頭でぐりぐりとやられている。
主人は出ないのかと催促されているようだが、カナは笑ってごまかすだけだ。
「陛下はでないのか?」
「でませんよ?」
「ま、そうだろうな」
答えがわかっていたのか、ニルはあっさり諦める。
どうもニルはハルカを立派な王にしたいようだが、ハルカとしてはようやく自分が王であることを受け入れたところなので、そっとしておいてほしいと思っている。
「陛下はあ奴らの一番上の奴らだけ潰してくれればいい。今はおらんようだからなぁ」
「ニルさん?」
「こちらは五人だ!」
責めるようなハルカの言葉を無視してニルは声を張り上げる。
するとあちらもしばし戦士の選別をしてそのうち五人が前に出た。
互いに近寄って相対して分かったことは、ギ族の戦士全員が非常に背が高いことだった。チームの中では一際背の高いアルベルトですら、身長では負けている。
体型はスマートだが、全員が二メートルを超えている。
「若いな」
「……知っているぞ、ハ族の大戦士ニル=ハよ。その昔我が祖父ヒオルを破った強者」
「ほう、孫か! あ奴は元気か?」
「……話は戦いの後だ」
ギ族の戦士は一斉に槍を構える。
それは個で動く戦士というより、団体で訓練する兵士に近い動きのように見えた。
「乱戦か?」
「無論」
頷いたニルは、横並びになっている自分の仲間たちに忠告する。
「気をつけろよ、砂漠の戦士は連携の取れた戦いを得意とする」
「はーい」
「一対一にもってくですよ」
「先に倒して加勢してやるよ」
「うるせぇ」
二人目あたりまでしか多分まともに聞いていない。
最後の二人は自分が一番多く相手を倒す、くらいの気持ちでいる。
ギ族の戦士はそんなアルベルトたちを見て不愉快そうに舌を出した。
柔らかい肌に小さな体。
彼らには人族は酷くひ弱に見えるのだ。
「甘く見てると後悔するぞ、ガキども」
最後に挑発したのはニルだった。
サマルが槍を強く握り「参る!」と叫ぶ。
一斉に駈け出したギ族の戦士に対して、ニルたちの足並みは揃わなかった。
ニルはのっそりと、コリンはその場で止まり、モンタナがいの一番に駆け出した。
ほんのわずかに遅れたアルベルトとレジーナの息が一番合っていたのは傍から見てちょっと面白い。
最初に接敵したのはモンタナだった。
手に持った短剣は槍よりも明らかにリーチが短い。
若い戦士は、一際体の小さなモンタナがなんの躊躇もなくずかずかと間合いに踏み込んできたことに驚き、最速の突きを放った。
モンタナはしっかりとその動きを見てから、体を縮めるようにして跳ね、伸び切った槍の上に着地。驚いた戦士が槍を振って落とそうとするのを先読みして、槍を蹴り飛ばし相手の頭上すれすれを飛び越える。
戦士はそれを目で追うことしかできなかった。
モンタナはくるりと回って背中に張り付き、その首元に短剣を押し付ける。
尻尾も届かない、槍で迎撃するよりも首をかき切る方が早い、圧倒的に有利な位置取り。その二人の勝負は一瞬で決してしまった。
隣ではアルベルトが武器をぶつけ合って槍をへし折り勝負あり。
レジーナの相手は一合で武器を飛ばされ、間髪容れない二撃目で今度は体を地面に転がされた。
「……強い!」
モンタナに張り付かれている戦士が思わずつぶやく。
「ちょっとだけ油断したですね」
首元に刃物を押し付けられたまま背後から聞こえた声が、戦士の肝を静かに冷やした。





