戦略的出発
一度理解が及んでしまえば、なるほどと思うハルカである。
自分が関わらない部分で情報だけを貰ったのであれば、レジーナの気持ちももう少し早く気付くことができるのだけれど、当事者となるとめちゃくちゃに察しが悪くなる。
自己評価の低さや、人と関わる経験の薄さからくる弊害であろう。
認識を改めた今は、頭をはたかれようが砂利を投げつけられようがご機嫌である。
レジーナもしつこく怒ったりはしないタイプだから、もういつもと変わらない雰囲気である。
そうこうしているうちに徐々に夜が白んでくる。
もう一時間もすれば、日の光に照らされて皆目を覚ますことだろう。
空にグラデーションがかかるのを、ハルカはぼんやりと眺めていた。
他方、残る三人はハルカとは反対側を見ていた。
まだ暗い空の向こうから、三つの影が近づいてきている。
背中にはばたく大きな翼を見て、三人はそれがガルーダであることを即座に悟った。ぼんやりと景色に感動しているのはハルカだけである。
はるか昔に習った理科の授業を思い出して、朝日が出る前に空が紫色になる理由を解明しようとしている。
「ハルカさん、あれ」
「え、ああ」
空がきれいですよね、と答えようとして、三人が反対側を向いていることに気づいたハルカは、つられて西の空を見上げた。
「なんかいますね」
なんかとしか言いようがない。
他の三人に比べると観察時間が短すぎた。
「ガルーダだろうな、この辺を縄張りにしている。昨晩のアンデッドの中にもガルーダらしきものがいたから、奴らもこの山のことは知っておるのだろう。焚火の煙でも見て、様子を窺いに来たか」
「夜に来なかったのは、鳥目だからかな」
ガルーダは見る限りなかなかに大きな姿をしている。
人間大の生き物を空に浮かして違和感がないだけの大きな翼のせいかもしれない。
かかってくるのであれば対応しなければならない。
いつでも戦えるだけの心構えをしていたハルカだったが、ガルーダたちは不意に踵を返してそのまま元来た方へ戻っていってしまった。
ずいぶんと慎重なことだと思っていると、目を覚ましたらしいナギが、のそりと四人のいる辺りに首を伸ばしてくる。顎を地面につけて、何をしているのかなとハルカ達と同じ西の空を見て、豆粒のようになった影を目で追いかける。
空を猛スピードで飛ぶことのできるナギは、ハルカ達よりもよほど目がよくできている。きっとその表情までつぶさに観察することができる。
ナギは人型の生き物を食べないように言われているから、余計なことをしなければ安心なのだが、ガルーダたちにしてみれば生きた心地がしなかったことだろう。大型飛竜というのは、正に空の覇者なのである。
ハーピーたちが平気でナギの鼻の上にとまったりするのは、ただハルカが一緒にいるから大丈夫だろうという希望的観測に身を任せているだけに過ぎない。
「まぁ襲ってこんのなら、追いかけるまでもないか」
「ビビりが」
ニルに続いてレジーナが鼻を鳴らして言葉を吐き捨てた。
「戦わなくて済むのならそれでいいですけどね。ナギ、おはようございます」
気を抜いたハルカは、挨拶をしてナギの横顔を撫でてやると、ナギの喉から低い唸るような音が返ってきた。
これは当然威嚇しているのではない、挨拶を返しただけである。
全員が目を覚ましたところで情報の共有はしたが、やはりガルーダについては放っておいて先へ行くということになった。追いかけまわしてあまり時間を取ってもしょうがない。
万が一ガルーダが吸血鬼と連携を取っている可能性も考えたのだが、そうだとしたらなおさら旅路を急ぐのが正解だ。
ノクトからもらった地図によれば、砂漠の東方にはリザードマンが住んでいる。
折角ニルを連れてきたのだから、情報収集はそこで行えばいいだろうというのが、全体としての結論だった。
朝食を早々に済ませてナギの背に乗り込み、空の旅路を急ぐ。
いざ山脈を抜けて砂漠の上空へ来ると、ハルカははてなと首を傾げた。
ハルカのイメージする砂漠というのは、じりじりと太陽に照らされた酷暑の地なのだが、気温がいつもと大して変わらない。眼下は確かに砂だらけで植物も殆んど生えていないけれど、湿度が低いせいか上空は却って快適だった。
ただ風が吹くと酷い砂ぼこりが舞っているのが見えるので、地上を歩くのには少々苦労をしそうである。
「足元が安定しなさそうだよな」
「うむ、体重が重いとなかなか苦労するのだ」
「そですか」
そんな土地を見てアルが考えるのは戦闘時のことである。
同意したのはニルで、他人事なのはモンタナだ。
「砂漠ではあまり踏ん張ろうとしないほうがいい。それこそどこかで一度降りて訓練をした方がいいかもしれないな。慣れないと勝手が随分と違ってくる」
「ではどこかで水場を見かけたら、一度降りてみますか?」
カナの現実的な助言に従いハルカが提案すると、腕を組んだニルがうーむと唸った。
「ただなぁ、この砂漠は魔物が多いのだ」
「ニルさんはいつごろこの辺りに来たの?」
「うむ、かれこれ五十年も前か? その当時砂漠のリザードマンには出会っているが、果たして知っている奴らが生きているやら」
それもあって砂漠のリザードマン達と話をするつもりできたのだが、五十年ともなると世代交代はしていそうだ。これだけ元気に旅についてきたニルも、ハルカと出会うまでは腰を痛めて引退していたのだから当然だろう。
「ま、奴ら好戦的だが戦いに勝てば話くらい聞くようになる。陛下がいれば安心だ、はっはっは」
「こっちには勝ったら王様になるとかいうルールないですよね?」
「知らんなぁ」
ハルカが確認すると、ニルはとぼけているのかそうでないのか、首を傾げながら答えるのであった。





