原因
何度か戦いをすかされた抑圧から解放されたのか、暴れようは大したものだった。
まさに鎧袖一触で、アンデッドたちの首は次々と斬り落とされ、弾き飛ばされていく。
アンデッドは主に小鬼やオーク、それからガルーダらしきものから構成されており、時折人が混ざっていた。
百体程度の特別素早くも強くもないそれを、十分程かけて制圧し、山の頂上を薪を集めながらぐるりと巡回する。
そうして安全を確認してから、ハルカたちはようやく野営の準備に入った。
ちなみにハルカはアンデッドの残骸を片付ける係だ。
最初に一度だけ手を合わせてから、魔法で大穴をあけて、障壁で遺体を中へ押し込んでいく。それから大きな火を起こして全てを灰に変えてから、上から土をかけて埋めた。
あまり深くものは考えず、拠点の時も大変だったなと思い出しながらの作業だ。
さて、戦った面々が身を清め、ハルカのお片付けも終わり、コリンの食事の準備があとわずかとなったところで夜の帳が下りた。いろんなことがぎりぎりに間に合って、ちょっとした充足感である。
円座で食事をしている最中に、ふとモンタナが立ち上がり、少し離れた場所から焚火を見つめはじめた。それから、ぐぐぐ、と首と体を傾げてから元に戻る。
「どうしました?」
明らかな挙動不審にハルカが問いかけると、モンタナが焚火の手前を指さして答える。
「その下、何か魔素が集まってるですよ」
全員が一斉に立ち上がった瞬間、地面が僅かに揺れる。
それに最初に気づいたのは、最初からその場に立っていたモンタナだった。
「……揺れてるです」
「向こうだな」
レジーナが眉間にしわを寄せ、金棒の先端でハルカがアンデッドを処理した辺りを示す。
「噴火とか、ですかね? 念のため全体に障壁を張ります」
ハルカはぐるりとナギまで囲むように、広い障壁を張って揺れが収まるのを待つ。
先ほど魔法で地面をほじくってしまったせいで、何かしらが刺激されたのではないかとドキドキし始めるハルカ。
もしそれで火山活動が再開して大噴火とかになったら責任の取りようがない。
ボコりと地面が盛り上がる。
ハルカはごくりと唾を飲み込んだ。
するとそこから現れたのは、よくわからない黒い何か。その中に、ほんのわずかだが、赤い燃え殻のような光が混じっている。
月明かりの下だと、それがうごめいていることしかわからない。
ぼこり、ぼこりと、全容を現したそれは、灰と燃えがらで形成された人型の何かだった。身の丈は五メートルほど。先ほどのアンデッドの灰をびっしりと集め固めたなら、これくらいの大きさになるだろう。
何が起こったのかわからず、また障壁に阻まれたままで飛び出すこともできず、ハルカたちはその巨体を見上げる。
そうしているうちに奥の森の中から、かしゃりかしゃりと音がして、骨がただ集まってなんとなく人型っぽくまとまっただけのスケルトンが歩いてきた。まるで子供が戯れにつなぎ合わせたようないびつな完成度で、それが何とも気持ち悪い。
どうやら部品に使われているのは人や破壊者の骨だけではなさそうだ。
「とりあえずぶった切ってくる」
「援護するねー。ハルカとモン君は、下の魔素のやつ探って! あ、あと周り照らしてほしい!」
前に出たアルベルトの横に、手甲を装備したコリンが並び指示を出す。
「分かりました、準備ができたら言って下さい!」
前線にハルカとモンタナ以外が武器を構えて並ぶ。
カナも槍を片手にフォルの上に飛び乗り準備万端だ。
ハルカはまず頭上に大きな光源を発生させて、それから焚火の下に障壁を差し込んで場所を移動させる。後で火をつけ直せばいいだけなのに、無駄に丁寧な作業である。ある意味緊張感がないようにも見えるが、ハルカなりに慌てて作業をしているところだ。
「陛下よ! いつでもいいぞ!」
「障壁消します!」
消した途端に全員が前へ飛び出していく。
「モンタナ、魔素がたまっているのはどこです?」
モンタナは数歩歩いてから、立ち止まり、袖から取り出した木の枝でぐるりと地面に丸を書いた。
「ちょうどこの真下に、これぐらいの大きさの魔素だまりがあるですよ」
「掘ります」
ハルカが魔法を使うと、ぼこりぼこりと自動的に土が地面から吐き出されて、外に山ができていく。しかしそれは十数メートル進んだところでぴったりと止まった。
「届いたんでしょうか?」
ハルカが光の玉を穴の中へ放り込むと、なにやらコンクリートじみた石の床が見える。
「いくですか」
「背中乗ってください」
ハルカが最後まで言い終わる前に、モンタナがぴょんと背中に飛び乗る。
「地下を見てきます!」
振り返って叫ぶと、仲間たちが灰の巨人や骨と戦っている最中だった。
特に危なげはないというのに、未だに倒せていないのが不思議だ。
なぜだろうと目を凝らしてみると、どうやら灰の巨人も骨も、切っても叩いてもすぐに元の形に戻って動き出しているようだった。
「お願ーい!」
灰の巨人の一撃を、小さな手甲であっさりと受け流したコリンからの返事を確認して、ハルカは穴の中に飛び降りた。着地前に僅かに浮かんでゆっくりと降りたハルカは、もう一度確認をする。
「この下ですね」
「です」
「どこかに入り口とかは?」
「壊した方が早いです」
「……わかりました」
ハルカは少しだけ浮いてから、穴の外壁全てと足元を障壁で固定し、石に接触するように生み出した火球を爆発させる。地面が揺れて土が崩れ、パラパラと上から僅かに降ってくる。
乱暴なやり方だが穴は開いた。
足元の障壁を外したハルカは、そのまままっすぐに下へ降りていく。
ハルカが下りたのに合わせて、壊れていない灯りがその部屋を照らす。
おそらく前時代の、人感センサー付き光源なのだろう。
モンタナが背中から飛び降り、中にいたアンデッド三体の足と首を斬り落とす。
そうしてもすぐに集まってきて人型を取ろうとしている。
モンタナはそれを蹴飛ばしたり拾って投げたりして遠くへやりながらハルカへ声をかける。
「ハルカ、あれ壊すですよ」
いつか見たような遺物だった。
拠点の下にあったものに酷似したそれを、ハルカは叩いて壊そうかと一瞬思ったが、イーサンの『せめて原形を留めたまま壊してくれ』という言葉が脳裏によぎる。
あの時はどうしたかと思い出し、結局遺物の中に水を生成し、それを凍り付かせることでその動作を停止させた。精密なものほど中に異物が入り込むことや、急激な温度変化なんかには弱いものだ。
それはビービーっと断末魔のような音を出しながら赤ランプを瞬かせて、そしてすぐに沈黙した。
「魔素、拡散しました?」
「したですね」
「拠点にあったものとは違うようですが……」
「もっとちゃんと壊さないです?」
「……イーサンさんが悲しみそうなので」
「壊してもいいと思うですけど」
モンタナは複雑なボタンがたくさんついた遺物を気味悪げに眺めてから、ふいっと上を向いた。
「とりあえず調べるのは後です」
「そうですね。……そこのアンデッドも戻らなくなりましたし、やっぱりこれが原因だったんでしょうね」
「そですね」
「モンタナがいなかったら見つけられませんでしたね」
「そかもです」
ぴょんとハルカの背中にモンタナが飛び乗る。
「戻るですか」
「そうですね」
動かなくなったアンデッド四体をその場に残し、二人は僅かに月明かりが差し込む穴を上へと飛んで戻っていくのであった。





