野営地を探そう
コボルトの住む平原は、比較的豊かな土壌をしているのか、草花が生い茂っている。山と森に囲まれているおかげで栄養に困ることがないのだろう。
折角の土地なのに地上に住めないのは随分ともったいない。
拠点の農作業担当であるフロスが見たら嘆きそうである。
コボルトたちのペースで歩き続けること暫く。
なだらかな丘と、あちこちに土を耕して食用植物が植わっている場所にたどり着いた。
見張りなどは立っていないから盗み放題だ。
藁で作ったコボルトのような案山子があちこちにおいてあるが、かわいらしいだけでどこまで効果があるかわからない。
そんな何気ない畑の間を歩いていき、やがてコボルトたちは小さな井戸のようなものの前で立ち止まり、ひもを引っ張った。
カランカランカランと軽い金属のぶつかり合う音が地面の下から僅かに聞こえてくる。そうしてしばらくすると、ぱかっと丘の一部が開いて、コボルトが一体顔を覗かせ、すぐに引っ込んだ。
「家です!」
ご機嫌に胸を張った柴コボルトだが、おそらく仲間にかなり警戒されている。
そりゃあでかい竜やら小さい竜やら大きなリザードマンやらエルフやら人やら、あれこれ連れてきているのだから当然だ。
「扉しまっちゃいましたけど……」
「うん!」
元気よく返事をしたポメコボルトが紐をしつこく引っ張り続けると、今度はまた別のところがぱかりと開いて、そーっとコボルトが顔を覗かせる。
丘全体が蟻塚のように入り口だらけになっているようだ。しかもその入り口が狭いものだから、人が入るには相当身をかがめないと難しい。
そしてまたコボルトが顔をひっこめる。
「……あの、私達がいると中へ入れてもらえないのでは?」
「なんで?」
ハルカ達を安全な奴らだと認識してしまったコボルトは、仲間たちの気持ちがすでに分からなくなっているらしい。
「あー……、また用事が済んだら見に来ますので、私達が安全な人だと皆さんに伝えておいてもらえますか?」
「うん、わかった! 地下じゃないところ住める?」
「もしかしたら、ですけど。その辺りも相談したいですが、今は急ぎの用事があるので」
「わかった!!」
力強い返事だった。
日の当たる場所が気持ちいいというのは、コボルトたちも分かっているのだろう。
地下の生活から抜け出したいという気持ちは強くあるようだ。
「では、ええと、お元気で。巨人とかガルーダとかには気を付けてくださいね」
ナギの背に乗り込んで最後にそう告げると、コボルトたちは声をそろえて「わかった!」とか「うん!」とか返事をしている。
やがてナギが空に浮き上がると、尻尾と手を全部振りながら見送りをしてくれた。
上を向きすぎて一体のコボルトが後ろへひっくり返ったのを見て、ハルカはますますコボルトのことが心配になってしまった。あんな感じでよくこの〈混沌領〉を生き残ってこれたものである。
ただ、他の面々はそれほど心配はしていない。
ハルカは心配な部分ばかり見てしまっているからハラハラしているだけなのだ。
コボルトの隠密性の高さや、いざという時の素早さ、索敵能力の高さには目を見張るものがある。それに小さな体格を活かした暮らし方は、この土地で生存し続けてきた実績がある。
あほを発揮して昼日中の地上をふらつかなければ、再び訪れる日まで元気に過ごすことだろう。
さて、進路は巨人が戦う南部を避け、〈混沌領〉中央にそびえる山脈を越えることになる。
おそらくクダンやノクトはこの山脈には入らなかったのだろう。特に種族の名前が書かれていないが、コボルトたちの情報によれば、おそらくガルーダが住んでいるはずだ。
ガルーダというと、人型の鳥のようなイメージだ。
ハーピーとの違いは、腕と羽が一体化していないこと、顔がより鳥に近いこと、全身が羽毛に覆われていることだろう。
詳しいことはよく知られていない。
何せ平地にはあまり現れないものだから、人族側の資料が少ないのだ。
その点ハーピーは平気で人の里に下りてきて、気に入ったものをこっそり持って帰る、みたいなことをよくやっていたらしい。多分悪気はあまりないが、実害はハーピーの方が多いかもしれない。
だんだんと険しい山が迫ってくる。道を通すのも難しそうなその山脈の頂上は、遠くから見るとまるで剣山のようでもある。
その間を縫うように飛んでいくナギと、念のため周りを警戒するハルカ達。
できれば山間のどこかで一度一泊しておきたい。
コボルトたちに構っていたのでやや予定より遅れての出発となっているので、おそらく山脈を抜けようとすると、途中で日が落ちてしまうだろう。
暗くなったところでナギは夜目が利くので、空を飛ぶことに問題はない。とはいえ、夕暮れまでに場所を定めておかないと野営の準備はちょっと難しくなる。
あちらこちらに目を走らせて、野営できそうな場所を探していたハルカ達は、時折山の合間に扇形の空間が設けられていることに気が付いた。
しかもそこには家らしきものがあったり、炊事の煙が上がっている場所もある。
空を飛ばなければたどり着かないであろう場所。
おそらくそこがガルーダたちの住処であろうことが一目で理解できた。
「あそこ、広くて良さそうだぞ」
尖った山頂の間に、少し背の低い、天辺が平らな山を見つけてカナが声を上げた。
なぜ平らなのか、なぜガルーダが住んでいないのか。
そんな疑問はハルカ達にも湧いたが、ここを通り過ぎて次に適した場所が見つかるとは限らない。一度見るくらいは構わないか、とハルカは頷いて声を上げた。
「ナギ、あそこに下りてみましょう!」
喉を鳴らして返事をしたナギは、ゆっくりとその山の頂上へと降りていく。
近づいてみれば、ぽつりぽつりと木が生えており、どうやら湖もある様である。
ますます何も住んでいないのが不思議だったが、ナギがゆっくりと降り立った時、その理由はすぐに分かった。
「わぁ……アンデッドだー……」
周囲からわらわらと集まってくるアンデッド。
なぜこんなところに大量にいるのかわからないが、いるものは仕方がない。
「よーし、ぶっ殺すか」
「もう死んでるけどね」
「うるせぇ!」
飛び降りようとするアルベルトにイーストンが突っ込みを入れる。
その間にレジーナが飛び降り、すぐ後にモンタナが続いた。
「あ、先に行くなよ!」
遅れて飛び出すアルベルト。
アンデッド討伐は慣れたものだ。
通常アンデッドと戦うのが好きな冒険者なんていない。それなのに嬉々として一切の躊躇なく突っ込んでいった三人を見て、カナは隣にいるフォルを撫でながら「変わってるなぁ」と呟くのだった。





