押したり引いたりおだてたり
「つまり、コボルトを食べなくても暮らしていけるということですよね?」
「そりゃあそうだ」
ハルカとしては、言葉が通じるもの同士で食ったり食われたりというのには忌避感がある。
ただ、巨人たちが当たり前にやってきた習慣を外からああだこうだと言って、タダで済むとも思えない。
「つまり、その……、この辺りの平原に住んでさえいなければ、食べたりしないんですよね?」
「食いでもないのに捕まえになんか来ねぇよ。変な武器で反撃してくるし、割に合わねぇ」
巨人たちの肌を貫かないにしても、銃はそれなりに痛いのだろう。後ろで震えているコボルトたちの武器を見て、嫌そうな顔をしている。
「あの、あなたたちは別に地下で暮らしたいわけじゃないんですよね? 他に地上で暮らせるような場所があれば、その方が嬉しいですか?」
「うん! 怖いのがいないなら!」
「なるほど……。あの! コボルトたちの移住を考えるとしたら、食べるのをしばらくやめてもらえたりしませんか」
「そいつらが平原から出ていくってことか?」
「はい」
巨人は武器を地面について、鼻息を荒く吐いた。
巨人からしてみれば、よそ者に勝手なことを言われて腹立たしい面もあった。同時に、積極的にコボルトを食べる趣味のない三人は、そんなことのために得体の知れない魔法使いと戦いたくなかった。
死ぬのはそれほど恐ろしくないが、戦う前に部族のものたちに不審者がやってきたことを知らせなければならない。
そういった理性が働くからこそこの巨人たちは、こうしてめんどくさい縄張りの端の警備を任されているのだ。
部族たちの中では臆病だと罵るものもいるが、部族長は大事な役目だと鼓舞してくれている。
「俺はどうでもいい」
「なら……!」
「だがだめだ。俺たちの決まりを作るのは、部族長のグデゴロスだ。勝手には決められねぇ。今の決まりに文句があるなら、直接言いに来るんだな」
「どこにいけば会えます?」
「今は会えねぇよ。中洲の部族が東の部族と戦い始めたから、俺たちの族長は戦士を連れて中州に攻め入ってる」
珍しく長く話しているせいで、巨人も余計な情報を漏らしてしまう。いくら思慮深い方だとはいえ、そもそも巨人族はあまり交渉ごとが得意ではないのだ。
「つまりこっちはガラ空きってことね」
と呟いたのはコリン。
ノクトがいれば聞こえるように言って、余計に場を混乱させていたかもしれない。
今この時点で何か約束を取り付けるのが難しいと判断したハルカは、一度コボルトたちの話を保留することにする。
気になるけれど、いつまでもそれにかまけているわけにはいかない。
まずは吸血鬼の方を何とかするのが第一だ。
「他に何かありますか?」
仲間たちに小声で尋ねると、カナが「じゃあ私から」と言って尋ねる。
「東と中洲の部族が戦を始めた理由を聞けないか?」
「理由なんていらねぇ。東の奴らが突然攻めてきたってよ。三つの部族をまとめ上げた族長は平原の王を名乗るんだ! 俺たちはグデゴロスを王にする!」
「なるほど、戦士たちの戦いなんだな……。わかった、ありがとう」
乱暴に返事をしたのにありがとうと返され、巨人は変な顔をしている。それからふと質問に答えてばかりだと気付いた巨人は、自分からも問いを発した。
「そういえばお前らは、何しに来たんだ? 竜が空を飛んできたのは見えたが」
なんと答えようか迷っているところに、ずいと前に出たのはニルだった。ハルカたちには分かりにくいが、楽しそうな笑顔を浮かべている。
「なぁ陛下よ、ここは儂に任せてくれんか?」
「お願いしていいんですか?」
「おおとも。槍働き以外にも役に立つところを見せてやろう」
ニルは珍しく首を上へ傾けて、巨人を見上げる。
そして堂々と背筋を伸ばしたまま声を張り上げた。
「こちらにおわすは儂らリザードマンとハーピーの王である、ハルカ陛下だ! この辺りはどんな奴らが住んでるのかと、まぁ視察だな!」
王様が無断国境侵犯。
人族の中でやらかしたら大問題になりそうなことを、当たり前のように高らかに宣言するニル。
さーっと血の気の引いたハルカが何かを言う前に、ニルは続ける。
「こうして正々堂々とやってきたのだ! 他の場所も見て回った後は、ぜひ部族長のグデゴロス殿とお目通り願いたいところだな!」
巨人が目を丸くした。
どんな怒りが飛び出してくるだろうと身構えたハルカの頭に降ってきたのは、予想外の言葉だった。
「王、王か! それならあの魔法もわかる。王ならばわかるぞ!」
巨人たちは死を恐れぬ戦士である自分たちが、魔法を見て一歩引いてしまったことを負い目に感じていた。
だから、そうであっても仕方ない理由を見つけて、無意識に飛びついたのだ。
巨人たちは平原の王という身分へ強い憧れを持っている。
王とは強きもの。
いずれ長と認めるグデゴロスが成るものと同等の存在なのだから仕方ない。
そんな三段論法である。
無茶苦茶な理論だが、本人が納得できればそれでいいのだ。
巨人というのは単純にできている。
「グデゴロスに伝えておこう。鱗と翼の王がやってきて会談を望んでいると!」
「そうだ、いずれ平原の王となるグデゴロス殿なら、堂々と受け入れてくれるだろうな!」
「そうだ、もちろんだ! グデゴロスは腕っぷしが強く、懐が深い!」
「そんな王にここいらを任せられているあんたの名前を聞きたい!」
ふはっ、と巨人が笑った。
「任せられているのは俺、ビュンゲルゲだ!」
「そうか、ビュンゲルゲ殿ほどのものなら、ほんのしばらくの間でいいから、コボルトを食わないことを皆に伝えられんか? もちろん儂らが王がグデゴロス殿と会談するまでのわずかな間のみだ!」
「ふむ、まぁ、できなくはない!」
プライドをくすぐられ続けたビュンゲルゲは胸を張った。確かに引き連れている二人は自分の部下だし、族長が留守の間、この辺を平穏に保つことこそがビュンゲルゲの大事な仕事だ。
逆に言えばそれさえできていればいい。
「流石ビュンゲルゲ殿! 一流の戦士だな! 儂はニル=ハ! リザードマンの大戦士がビュンゲルゲ殿の名をしっかりと覚えたぞ! うわっはっは」
強き族長グデゴロスと同じように殿という敬称をつけられたビュンゲルゲは、頬を緩ませたまま、ニル=ハの名前を呼んだ。
「ニル=ハ……殿か! 俺も、留守長ビュンゲルゲもその名をしっかり覚えておこう! どわっはっはっは」
「ではな、グデゴロス殿の右腕ビュンゲルゲ殿よ。また相見えよう!」
「おう、ニル=ハ殿! リザードマンの大戦士よ、また会おう!」
くるっと背中を向けたニルは、ぼそりと呟く。
「さぁて、こんなもんか。犬っころ共を巣穴に送っていこうかの」
「……ニルさん、よく口が回りますね」
少しだけ引きながらハルカが褒める。
「長年ドルのやつを煙に巻き続けてきた成果かもしれんなぁ。だがこれで陛下が望む通りだろう?」
「はい、ありがとうございます。……やっぱりニルさんが王様に戻った方がいいのでは?」
「何をおっしゃる陛下よ。むこう百年はしっかり儂らが王をしてもらうぞ」
ハルカにはニルの表情の判別が難しいけれど、それでも今は悪い顔で笑っているだろうことが何となく理解できた。
お知らせ
4/26〜
コミックPASH!にて「私の心はおじさんである」のコミカライズがスタートいたします。
どうぞよろしくお願いします……!





