交渉手段
じりじりと近づいてくる巨人の武器は、その辺の木をぶっこ抜いて削ったようなこん棒だ。あれだけの巨体に似合う武器を生成するとなると、なかなか難しいものがあるのだろう。
材料を集めるところからして一苦労である。
逆に言えば、つぎはぎの皮の防具や、頭だけ守るヘルムをつけているだけでも、そこに知性を感じるというものだ。以前ディグランドで見た巨人よりは交渉の余地がありそうだ。
あそこの巨人は、言葉もなく人を襲っていたり、身の丈が彼らの倍はあろうかというのにほぼ裸であったりした。
先頭にいる巨人は真剣な顔でこん棒を構えたまま、口を開いた。
「竜よ! 何をしに来た! ここは俺たちの縄張りだぞ!」
びりびりと空気を揺らす声は、体の大きさに見合って大きい。
イーストンなんかは眠たいのにそんな爆音を聞かされて、顔をしかめて耳を塞いでいる。
一方で問いかけられたナギは困ってしまう。
返事をする言葉は持たないし、何をしにと言われても、ハルカ達が乗せてー、あっちにいってー、というから飛んできて共に歩いていただけである。目的はと問われれば、ママやお兄ちゃんやお姉ちゃんがお出かけすると言ったので一緒に来た、ただそれだけだ。
あまり怒鳴られた経験もないものだから、ナギはそーっと頭を下ろして、ハルカの後ろにその顔を隠した。怖い人が来たから、自分の群れのボスであるママに任せることにしたのだ。
そしてそこに来て初めて足元に人がいると気づいた巨人たちは目を丸くした。
ナギにばかり気を取られて、ハルカ達の存在は警戒していなかったのだ。
「なんだこいつら」
思わず漏れたような独り言も大きい。
そしてすぐに興味がなくなったようにナギに視線を戻した。
「ちび共に構ってる場合じゃねぇんだよ」
巨人はそう言うが、ハルカの後ろでナギが対応をしてもらえるのを待っている。
鼻先でつんと背中をつつかれて、ハルカは仕方なく声を上げた。
「あの! この竜はナギというのですが! 特に土地を荒らす意思とかはありません!」
問答無用で襲ってこないからとりあえず話してみよう、はハルカのスタンスである。昔であれば恐れて声も出ないような状況だっただろうに、巨人だろうがなんだろうが言葉が通じるので、という考え方はこの世界においても異端だ。
両極端に感覚がずれているハルカである。
というか、ここらはコボルトの縄張りなのでは、という疑問が浮かんだハルカであるが、ややこしくなりそうなのでまずはお話しだ。
「雑魚は黙ってろ」
お話しの余地がなかった。
大きな体を持っているとどうしても気も大きくなるらしい。
カナですら一応武器を構えているというのに、そのたたずまいを見て雑魚と判断するあたり、人との戦闘経験がないかよほど自信家のどちらかだ。
こういうタイプと交渉するために必要なことは、まず実力を示すことだ。
すでに堪忍袋がパンパンに膨れていそうなレジーナやアルベルトに先立ってやらないと、命のやり取りが始まってしまう。
ハルカは仕方なく頭上に巨大な岩の塊を出現させた。
ただ質量だけで相手を圧倒するほどの岩。
相手に合わせて直径五メートルほどの巨岩である。
「お話しの余地はありますか!」
相手に力があると見せつけるのは大事なことだ。
無手で交渉に臨んだところで、舐め腐られて終わるだけである。
巨人には基本的に魔法を使うという概念がない。
大きく丈夫な体があれば、それで大体のことは済んでしまうからだ。
だからこそ、突然現れたその大岩が理解できなかった。
ハルカは頭上でぐるんぐるんと大岩を回し始める。
その勢いで飛んできたら、いくら怪力を誇る巨人でもただでは済まない。
三体の巨人は体を緊張させて、たらりと冷や汗をたらした。
巨人としての誇りがあるから、逃げ帰る気にはならなかったし、小さな人ごときに脅かされているのが気に食わないという気持ちもあった。
一方でハルカは反応のなさに、こちらの戦力誇示がまだ足りていないのではないかと判断する。そうしてやったことは、飛ばしている岩の間に、その半分ほどの大きさの火球を混ぜることである。
人が見たら魔王の降臨と見まごう風景だろう。
そしてそれは、巨人にとってもはっきりとした脅威だった。
ついでに山からこっそりと偵察に来ていたガルーダは、誰にも気づかれぬまま、目を剥いて回れ右して去っていた。目のいい彼らははっきりと、魔法の中心にいるハルカの姿を認識しての帰還である。
「お話しはできますか! できませんか!?」
ごうごうと唸る風の音に負けないように、一生懸命声を張り上げたハルカ。
巨人たちにはそれが、最後の通達のようにも聞こえた。
これに応じなければ、空を不気味に飛び回る岩と炎が飛んでくる。
ハルカは緊張した面持ちで交渉を持ちかけていただけだったが、巨人たちからしたら涼しい顔をして自分たちを脅してくる妙な生き物にしか見えない。
「話はなんだ! 聞いてやる!」
せめてもの矜持で大きな態度に出た巨人の返答を聞いて、ハルカは空を飛んでいる魔法を一斉に消した。
先ほどまでとんでもない存在感を放っていたそれらが消えてなくなると、巨人たちは何かに化かされていたのではないかという気分になる。
そうだとしても、ここにきて巨人たちは褐色の耳の長いちび、ハルカが、竜と同じかそれ以上の脅威であると認識を改めた。
なにを要求してくるのか、油断せずに構えているところにハルカの口が開く。
「あの、お邪魔しないようにさっといくので、ここを通させてもらいたいんですけど……」
最初と変わらない、ただの通行許可だった。
「ハルカさん?」
これには思わず突っ込みを入れるカナ。
「はい、なんでしょう」
「その、私はあまりこういうことを言う役割をしたことがないのだけど……。ここは色々と交渉をしたりする場面なんじゃないかな?」
「……そうでした、ちょっと気が動転していました」
力による交渉の初心者であるハルカは、相手をそのテーブルにつかせただけで完全に気が抜けてしまっていた。
どうやらここからは仲間の交渉役にバトンタッチをした方がいいようである。





