ナギちゃんは大きい
「ふーん、これがコボルトか」
「弱そうだな」
可哀想なコボルトたちが、アルベルトとレジーナに囲まれて体を震わせている。意地悪をしているわけではないのに、そう見えるのは絵面のせいだろうか。
「んで、こいつらどうすんの?」
「どうもしませんよ。お話を聞いたらお家に送ってあげるつもりでいます。この辺りに住む破壊者とはあまり仲が良くないようなので」
「ふーん、どこに住んでんの?」
「地下の遺跡らしいですよ」
「へぇ……。……こいつらの家なら、遺跡探索しても誰も怒らないんじゃねぇ?」
いいことを思い付いてしまったのはアルベルトである。〈アシュドゥル〉でできなかった分を、ここで取り戻そうとしているようだ。
「皆さんがいいって言えばですけど、どちらにしても先に吸血鬼の問題です」
「帰り道に寄るか。いいよな、きても?」
しゃがんだアルベルトが体を傾けて、震えているコボルトの顔を覗き込む。
「いいですぅ」
「あの、脅かしてるようでかわいそうなのでやめてあげてください。……何にしても、送っていきますよ。朝になってから帰るといいでしょう。もう少しだけ話を聞かせてください」
「で、でも、朝になったら、危ないかも……」
「何がだよ」
「ひゃん!」
金棒で肩を叩きながらレジーナが尋ねると、コボルトは悲鳴をあげて丸まった。
「あ? なんだてめぇ」
「はいはい、レジーナもアルも話が進まないから下がってねー」
「んでだよ、普通に話してんだろ」
「はいはい、怖いからだよー」
「普通だろうが!」
武器を片手に眉間に皺を寄せて、見下ろすように話しかけられたら普通は怖い。
レジーナは人族としては背が小さい方だから、その間ではまだ怖さが軽減するが、コボルトからしたら自分よりも随分と背が高くて凶暴そうな生き物だ。
怖いに決まっている。
レジーナにも言い分があるのだろうけれど、この場においては前に出ることは適切でない。
結局ハルカたちは、なだめすかして食べ物を渡し、コボルトたちからいくつかの情報を引き出した。
まず、遺跡内には虫型の魔物がいる場所があって危ないし、困っていること。
巨人やガルーダは積極的にコボルトの暮らす平原にやってくるということ。
逆にアラクネやアルラウネはこちらから出向かなければ何もしてこないということ。
遺跡には先ほどの遺物以外にも、いろんなものが眠っているらしいこと。
コボルトたちは地下におよそ千人近く住んでいるらしいこと。
まぁとにかく色々だ。
ちなみにコボルトは雑食である。出されたものはすごく喜んで全て食べ切った。
満腹になったのか、一眠り始めたコボルトたちをおいて、ハルカたちもまた、朝までもう一休みする。
日が完全に昇ったら、コボルトの家があるあたりまでは一緒に歩いていく予定だ。何とも警戒心の薄いこの種族を、ハルカは結構気に入っていたし、ちょっと心配もしていた。
朝が来た。
夜のうちは眠っていたナギが、見慣れない生き物を見つけて首を伸ばしコボルトたちを観察。目を覚ました一体がけたたましい悲鳴をあげたことで、寝ていたものが全員一斉に目を覚ます。
なんだなんだとナギまでが驚いてキョロキョロしている。自分が原因だとは思っていないようだ。
すぐに原因がわかったハルカたちは、申し訳ないと思いながらも笑ってしまった。
コボルトたちには寝る前にきちんとナギのことも説明しておいたのだが、その鼻息で目を覚ましたら、そりゃあ悲鳴の一つくらいあげてしまうだろう。
不可抗力だ。
落ち着いたあとは、朝食を食べて出発だ。
夜にばかり行動していると言っていたコボルトたちは、しきりにあちこちを気にして歩いていた。
平原で遮るものがないので、何か来ればすぐに見つけられそうなものだが、逆にいえば隠れる場所もほとんどない。
こちらが見つけた時にはあちらからも見つかってるということだ。
コボルトたちは、ナギを遠くから見つけて、随分と遠くから歩いてやってきたらしく、家がある場所までは二時間近くかかるらしい。
ナギに乗せてもらえば十分くらいでつきそうだ。
あえて歩いてきた理由は、コボルトたちが怖がって近づかなかったからというのが一つ。もう一つは、〈混沌領〉の観察をするためである。
空を飛ぶのと地面を歩くのでは得られる情報量が随分と違う。
実際歩いてみると、平原にも小動物の魔物がうろちょろしていることが多いことが確認できた。コボルトたちはハルカから返してもらった武器で、器用にそれを退治して、ホクホク顔で血抜きをしながら歩いている。
いくら平和そうで、ハルカたちの脅威にはならなそうなコボルトと言えど、銃を扱えるとなると、街の一般人よりはよほど戦闘力が高い。
銃がなければちょっとわからないけれど。
そんな割と平和な帰り道の半分を過ぎた頃、最初にモンタナが耳をぴくりと動かして右方向を向いた。
それからしばらくして、今度はコボルトたちも耳を動かし始め、やがて唐突にぺったりと伏せて、耳を地面につけた。
「きょ、巨人きてるかも!」
「ですね、右方向です」
それ以外の面々が気がつく前の情報察知だ。どうやらコボルトは、特に索敵が得意であるモンタナに近いレベルで危険を察知できるらしい。斥候としては極めて上質な能力だろう。
「か、隠れ、隠れ!」
コボルトたちがマントをバサバサとして、自分の体に被せてから、はっとした顔をしてハルカたちを見る。
「危ないよ! 隠れて!」
マントを譲るという気持ちはないが、一応心配はしてくれるらしい。
わずかに隆起している丘の向こうから、鈍く光る鉄製のヘルムが三つ見えて、やがて武装をしている巨人が三体、姿を現して、足を止めた。
巨人たちの身長はおよそ五メートル。
圧倒的な膂力を誇るその巨人が、人数をそろえた上フル装備でやってきた理由がそこにあった。
そう、全長二十メートル、体高五メートルはあろうかという巨大な飛龍、ナギである。
怖いもの知らずで育った巨人たちも、さすがの巨体には一時足を止め息を呑まずにはいられなかった。
そして本当に警戒するべきは、そちらでないことにも当然気付いていないようだった。





