勢力の一角
やたらと怖がられてしまったので、ハルカは一度ブロンテスの話をやめて、コボルトたちが落ち着くのを待つ。
コボルトという種族はこの時代になってから、ほとんど人の暮らす世界では見られていない。そのため食生活や生態がよくわからないのだが、見る限りあまり精強な種族ではないようだ。
「話が進まないね、皆を起こしてくるよ」
「あ、お願いします」
イーストンが立ち去っていくのを、こっそりと上目遣いで追いかけているコボルトたち。もしこの種族が人の近くにいたら、もうちょっと破壊者に対する印象が良かったのではないかとハルカは思う。
あるいは、コボルトという種族が破壊者と認定されていなかった可能性すら見えた。動物好きの欲目かもしれないけれど。
「あなたたちは、コボルトだけの国を持っているんでしょうか? 他と協力とかはしていますか?」
柴コボルトが首を横に振る。
「みんなで地下に暮らしてる。夜のうちに畑を耕して、明るくなる前に地下に戻る。俺たちは戦士だから、広い範囲を警戒して歩いてた!」
「そうしたら私達を見つけたと」
「そう!」
コボルトの戦士たちは、ちょっと誇らしげな顔をしている。
捕まっていることを忘れてはいないだろうか。
「吸血鬼が来たこととかはありませんか?」
「どんなの?」
「目が赤くて、血を吸う、人型の種族なんですが」
コボルトたちは瞬きしながらじっとハルカの方を見てから、座ったままじりっと後ずさる。
「ち、血を吸うのか?」
なるほど、ハルカは赤い目をした人型の種族だ。
「違います。色白で、見目が整っています。あと、犬歯が少し長いですかね」
「さっき向こうに行った」
ポメ型コボルトがイーストンが去っていった方を指さした。
「ああ、ええ、まあ、えーっと……、それ以外は見たことないですか?」
「ない!」
コボルトたちのことだから見落としぐらいはありえそうだけれど、嘘はついていないのだろう。答えが出たことにほっとしたのか、ちょっと嬉しそうだ。
暫定的にここまで吸血鬼達の手が伸びていないことが分かった。
砂漠と山脈を挟んでいるし、距離も相当ある。吸血鬼達は意外と〈混沌領〉にはそれほど手を伸ばしていないのかもしれない。
わざわざ海を越えてまで人の暮らす場所を占領しに来たぐらいだから、案外吸血鬼は人という種族にこそ重きを置いている可能性がある。後でイーストンに確認しようと心の内で決めながら、ハルカはコボルトとの会話を続ける。
「他の種族とは出会うことがありますか?」
「巨人怖い」
「アラクネ怖い」
「アルラウネ怖い」
「ガルーダ怖い」
「小鬼とオーク嫌い」
最後の二種族は怖いではなく嫌いらしい。
つまりコボルトたちでも十分に対抗し得る勢力ということだ。
地図を思い出してみるとわかることだが、コボルトたちが住んでいるこの平原は、四方を敵に囲まれている。怖い敵だらけのこの場所で、良くもまぁ永らえてきたものである。
「数は結構いるんですか?」
「いっぱいいる! 最近食べもの少なくて困ってる」
「今までは足りていたんですか?」
「うん! 畑作ってたから。でも少し前に小鬼がいっぱい来てとってった……」
「小鬼小さいから穴入ってくる……。倒してもご飯にならないし……」
なるほど彼らが住んでいる地下への入り口は体相応に狭いのだろう。
それは大きな種族からの盾になっているけれど、同じように体の小さな小鬼には通用しなかった。
ハルカ達が相手にしたときゴブリンは異常発生していたから、その頃にコボルトたちの家も襲撃されたのだろう。
「……そういえばあの武器って、威力はどれくらいですか?」
「小鬼なら倒せる。他のにも効くけど、当たらなかったり当たってもあんまりなことある。巨人は全然ダメ、怒らすだけ」
だとするならば、きちんと身体強化をした状態の仲間達もダメージは通らなそうだ。改めてよく考えてみるとこの世界の拳銃は、対面した状態であれば上位の冒険者にとってそれほど脅威ではない。
飛び道具としては優秀かもしれないけれど、身体強化の強さを完全にひっくり返すほどではない。恐れるとするならば、不意を突くような超長距離による狙撃くらいだろう。
人を殺傷し得るという先入観で、先ほどのハルカは過剰反応してしまっていた。
考えてみれば、ハルカが戦闘の際に使用する火の玉の方が、よほど致死力にすぐれている。
「他は来ないけど、巨人はたまに近くまでくる」
巨人からしてみればこの辺りは自分たちの縄張りの一部、くらいのつもりなのだろう。コボルト達の情報だけで決めつけるわけにはいかないが、なかなか平和な交流をするのは難しそうな相手である。
「わ、かわいー……」
その時、後ろからコリンの声がした。
コリンから見ても、コボルトの姿というのはかわいらしいようだ。
一方で新たに仲間がやって来たことに、コボルトたちは怯えて小さくなっている。
折角ここに住まう種族と交流が持てたのである。
怯えている五体にはかわいそうだけれど、聞いておかなければならないことはまだ山ほど残っていた。





