穏やかな尋問
物騒なものを持って、この近距離まで近づいてきた割には、やけにあっさりと降参したコボルトたち。
ハルカはコボルトたちが尻尾を巻いている間に、捨てられた武器を拾い集めた。見た目は全くもって銃と同じように見える。間違っても暴発などしないように、そっと障壁の上において四方を囲った。
それにしてもハルカからすると、ここまで怖がられる理由がわからない。
しかし、こそこそと近寄ってきたことや、遠距離での武器だけを所持していたことから、コボルトたちの戦闘力がそれほど高くないであろうことは推測できた。
コボルトは犬のような見た目だけれど、お腹を見せて降参したりしないのだなと、関係のないことを考えつつ、ハルカは最初に降参した柴犬めいたコボルトの近くにしゃがみこんだ。
「皆さんを一か所に集めてください。ちゃんと質問に答えれば危害は加えません」
そのコボルトを話し相手に選んだ理由は単純だ。
それはその左目に引っ掛けられたモノクル。
そのモノクルの端には、四つの花弁からなる花を模した装飾がなされている。ハルカは似たものを、別の場所で見たことがあった。
柴コボルトが仲間たちに必死で手招きすると、他のコボルトたちもそろそろと、ハルカのことを警戒しながらやってくる。
武器も隠れるマントも回収されてしまった今、取れる手段は逃げ出すことだけなのだが、最後の一人が不可視の壁に阻まれたことでそれをする勇気も萎れてしまったようだ。
白くてモフモフしたのとか、ちょっと怖い顔をしたのとか、色んな種類の犬っぽい顔立ちをしたコボルトたち。
緊迫した場面だというのに、ハルカはついつい気持ちが和んでしまう。
いつの間にかモンタナが右隣りにやってきて、その頭をハルカの腕にとんとぶつけてきた。ぼんやりしているのを心配してのことだったが、ハルカは咎められたような気がして慌てて姿勢を正す。
三人並んで地面に座ったコボルトたちを見下ろす。
黙っている間にも震えが増幅されているのがわかったハルカは、とりあえず話を進めてやることにした。
「こんな夜更けに襲撃でしょうか?」
ぶるんぶるんと一斉に首を横に振るのが面白い。尻尾は相変わらず丸まったままだ。
「何をしに来たんです?」
「竜……、でっかい竜が来たから、偵察に!」
「ここはあなた方の領土ですか?」
「りょ、領土ってことはないけど……」
互いに顔を見合わせて「なぁ」とか「うん」とか言いながら頷き合っている。
「この近くに住んでいる?」
「この辺りだと、俺達の住まいが一番近い」
「建物らしきものは見えませんが?」
「穴掘って、地面の中に住んでるんだ!」
「地面の中ですか……」
クールに答えたハスキーっぽいコボルトと、元気よく答えてくれたポメラニアンっぽいコボルト。
情報全て駄々洩れである。
その効果もあってか、このコボルトたちの脅威度というか、危険指数のようなものも駄々下がりしているわけだが。
ハルカたちを相手にした場合悪いことではないけれど、ちょっと心配になるくらいセキュリティが甘い。
「あの武器は……、あなたたちの標準装備ですか?」
「うん、穴の中にいっぱいある。でも自分たちじゃ作れないぞ。整備の仕方だけ知ってるんだ、まにゅあるがあったからな」
「このマントは?」
「それも穴の中で見つけた」
「……穴の中と言いますが、もしかして地面の中に建物があったりしませんか?」
「すげー! なんでわかるの?」
ハルカが自分たちを害しそうにないと分かったからか、コボルトたちはだんだん態度が雑になってくる。「なんでなんで?」としつこく聞いてこられると、はいはいよしよし、と頭を撫でたくなるハルカである。
「遺跡ですかね……」
コボルトたちに武器製造の技術があるわけではないのかもしれない。器用な種族と聞いていたから、銃まで作れるのかと警戒してしまったが杞憂だったようだ。
相手の警戒が下がってきたところで、ハルカは一番聞きたかった質問を投げかける。
「ところで、そのモノクルはどこで?」
「だ、だめだめだめ、これだけは絶対渡せない!」
まだ何も言っていないのに、柴コボルトが慌ててモノクルを手にとって、そのままサイドポーチの中に仕舞い込んでしまった。
「欲しいというわけではなく、どこで手に入れたのかが気になりまして」
「これは俺達のご先祖様がすごく大事にしてたものだから! た、ただの綺麗なだけのガラスだよ! 穴の中にもっといいものいっぱいあるから、これはダメ!」
ハルカでも圧倒的に交渉事に向いていないのがわかる性格をしている。
絶対大事で価値のあるものだと言いふらしているようなものだ。
「それ、魔素を可視化できますよね?」
「で、できないよ」
「嘘ついてるです」
「言わなくても分かるけどね」
モンタナの一言に、あきれ顔のイーストンが突っ込みを入れる。
違う違うと首を振っても、今更遅い。
ハルカは膝を曲げてしゃがむと、ゆっくり言い聞かすように話しかける。
「実は私、それと同じものを持っている友人がいるんですよ。その人が、大切な友達と一緒に作ったものだと言っていました。離れ離れになってしまったことを、今でも心配しています。もしご存命なら会わせてあげたいですし、そうでないのなら、その方が最後にどのように暮らしていたか、教えていただきたいんです。取り上げたりしませんから、協力してくださいませんか?」
「……爺ちゃんの爺ちゃんの爺ちゃんのもっと爺ちゃんから伝わってるものだよ? そんなに生きてるわけない」
「うーん……、世の中には長生きのものもいるんです。例えば竜ですと、数千年は平気で元気だったりするんですよ」
「ご先祖様は、竜と友達だった?」
「うーん、竜ではないですね。一つ目の巨人なんですが……」
巨人と言った瞬間コボルトたちはまた悲鳴を上げて、ぶるぶると体を震わせながら小さく丸まってしまった。
「巨人怖い!」
一瞬にして振り出しに戻るである。
コボルトたちとの話し合いは、もう少し時間がかかりそうだ。





