乗り込み
リザードマンたちの里で一晩を過ごしたハルカ達は、翌朝早くに山岳越えを目指す。
ミアーはあれで意外と賢いので、吸血鬼との戦いをすると聞いて『頑張れ頑張れヘルカ!』と応援だけしてくれて、一緒についてくる気はないようだった。
ナギの背に同乗したのは、誰もが認める戦士であるニルだけだ。
ぐいーっと首を持ち上げ、ナギが連なる山脈の上空を抜けるため、空に向かって突き進んでいく。
元々ハーピーたちが住んでいた山だ。
ハルカがふさいでしまった山道を抜けていくと、再び森が広がっている。
ゴブリンの一部とオーク、それに下半身がクモのようになっているアラクネという破壊者が住んでいるそうだ。深い森に棲んでいる破壊者で、テリトリーから出てくることは殆どない。
まぁまず近寄らないのが賢明である。
また、あまり北に寄り過ぎても植物系の魔物や破壊者の生息地になってしまうらしい。からめ手が得意なものが多いので、これもまた避けて通るべきだろう。
となると今日は森のどこかで一泊。明日はコボルトが住んでいるらしい平原で一泊。それから山脈をまた越えて砂漠に入るという〈混沌領〉をまっすぐ突っ切るルートをとることになるだろう。
この予定はあくまで数十年前にノクトが旅した時の記憶を頼りに作ったものだ。実際の勢力図はわからないから、予定通りに行くとは限らない。
必要な高度を確保したナギは、再び地面と平行に空を飛ぶ。
掴まって姿勢を維持する必要のなくなったハルカ達は、各々好きなことをやり始めた。
「そういやニルのじーさん、自信満々に武器持ってきたけど、それ吸血鬼殺せるのか?」
アルベルトがニルが片手に持つ太い鉄の棒、もとい大身の槍を見ながら尋ねる。
人が扱うには重すぎるその武器は、レジーナの鉄の棒ほどの太さと、その倍以上の長さを兼ね備えている。
「聞いた話じゃあ大丈夫だろうよ。これもただの武器ではない。リザードマンに代々伝わる、使える者の限られた名槍だ。名を【地沈槍】という」
「ふーん、魔法の武器なのか?」
「うむ、重さを自在に変えられる槍だ。儂は滅多にその効果を使ったりせんがな。地面に沈み込むほどに重たくすることができるのが、この名の由来だ。例えば、振り下ろしたときに、本気で力を発揮させれば、生物の体を重さで引き裂くことすらできる。吸血鬼のことはよく知らんが、魔法の武器が効果を持つというのなら問題なかろう」
吸血鬼との戦いについて説明した時、任せておけと胸を叩いただけある。
「お主のその大剣も相当な業物であるように見えるのだが、魔法の武器ではないのか?」
「いや、多分そうなんじゃねぇかなって思うんだけど、使いこなせてねぇんだよな」
「武器にはそれぞれ使える条件があったりするそうだ。ま、気長に付き合ってくんだな」
クダンはこの【貪狼】という武器を託しただけで、その力をアルベルトに教えなかった。自らそれを解き明かし、本当の主となるには、きっともっと鍛錬が必要なのだろう。
それもまた、クダンからアルベルトに課された、一つの試練であり、期待なのかもしれない。
山岳地帯を抜けると、【暗闇の森】よりは、やや木々の間隔が広い森が広がっていた。この辺りには小鬼やオークが生息しているはずだが、先日のハルカとの戦闘で、千に近い小鬼が命を落としている。
今はどうなっているかはやはり不明だ。
かなりの速さで空を飛んでいるので、森を覗き込んでもその営みまでは探ることができない。結局のところ降りてみないと状況はわからないというわけだ。
太陽が赤みがかってくる前に、ナギは森の中に降りる。
ハルカは前後の景色を見比べて、丁度森の中央部付近にやって来たと判断していた。
どの勢力からも見られる場所であり、また、どの勢力も手を出しにくい場所だったらいいな、という希望的観測による着地だ。
実際に木々を若干なぎ倒しながらの着地の後、周囲百メートルほどを探索してみたが、敵対しそうな勢力は見つからなかった。
ちなみに魔物や動物の姿も見なかったのは、突然空から巨大な竜が降ってきたせいだろう。
ナギがその場にいるだけで、野生の生き物は大抵近づいてこなくなる。
枯れ木を集めて火を起こし、持ってきた物資でコリンが食事を作る。
大人数分だけれど、持ってきた底の深い巨大なフライパンで大量に作ればそれほど時間はかからない。
身体強化が使えるからこそ扱えるこの調理器具は、コリンがこっそり用意しておいた特注品だ。
使う機会が訪れてどこか満足気である。
食後、何が出るかわからない地でも訓練をするハルカ達を見て、カナは一度止めようとしてから、少し考えてそれをやめた。
何が出るかわからないのだから、思わぬ怪我や激しく疲労しては困る、と思ったのだが、そのすべての問題をハルカの治癒魔法が解決している。
そりゃあ旅をする間も毎日のように無茶な訓練を続けていれば、あっという間に強くなるはずである。
森の中でも、開けた場所でも、足元のおぼつかない沼地でも、悪天候だって訓練はされる。一人でもやる気のある者がいれば、引きずられるようにハルカ達の訓練は始まってしまうのだ。
「あまり無茶をせず、早めに休むんだよ」
貪欲な若者たちを見て、カナは声をかけて自分は体を休めることにした。
少しばかり楽しそうだなと心がうずいたのは、まだまだカナが現役である証拠かもしれない。





