東征?
ハルカ達がリザードマンたちの里へ到着すると、いち早くやって来たのはハーピー達だった。
前回の訪問でナギに危険がないことが分かったのか、ナギの頭に降りて「デッかーい!」「竜ダ竜ダ」とはしゃいでいる。何か悪さをするわけでもないので、ナギも大人しくされるがままだ。
「ヘルカ! ミアーが来タぞ! 一番じゃないけドミアーが来タぞ! レジーナも元気か? 怖い顔しテるぞ、嫌なことあッタか?」
「うるせぇよ、静かにしろ」
絶妙に手の届かない範囲で飛び回るミアーは、レジーナをイラつかせたくてやっているわけではないのだろう。しかし、きちんと安全な場所にいる辺り、たくさん喋るとレジーナの機嫌が悪くなる、くらいの認識はあるのかもしれない。
「知らない赤いのがいる! 小さい竜もいるぞ! ミアーはミアーダ。空の隊長しテる。先に伝えテくるー」
勝手に喋りまくったミアーはばさばさと飛んで里の中へ戻っていく。
知らない顔が来たら知らせに来るように、ドルに何度も言い聞かされた成果が出ているようだ。
「ふふ」
その背中を見送ってカナが笑う。
「すみません、ミアーはいつもあんな感じなんです」
「うん、ハーピーはあんな子が多い。私はあんな子たちを理由もなく敵にしたいとは思わないんだ」
「そうですよね、私もそう思います」
「ハルカさんが王様になったのも、私と同じような気持ちがあったからなんだろう?」
随分と買いかぶられているような気がして、ハルカは自分の素直な気持ちを伝えようと言葉を探る。
「……あの、成り行き上王様になってしまっただけで、そんな大それたことは……」
「うん。それじゃあハルカさん、もしここのハーピーやリザードマンが人族に襲われて酷い犠牲が出るとなったら、君は彼らを見捨てるかい?」
「いえ、何とかして守ります」
「ほら」
カナは邪気なく楽しそうに笑った。
ハルカは答えながら、それが人と敵対しかねない選択であることに気付いていた。
それでも、自分を頼ってきた善良な者たちを見捨てるというのは少し違う。
悩んだり迷ったりするかもしれないけれど、リザードマンやハーピー達が無事に、健やかに暮らせるよう尽力することは間違いなかった。
「迷わず答えたね」
「いや、守るなんてそんな偉そうなことは言うべきでないのかもしれませんが……」
「いいじゃないか、知らない人が聞いているわけじゃないんだから。ハルカさんの心の中には、そんな気持ちがあるってことだ。それは卑下するようなことではないと思うな」
「……種族とかではなくて、話して分かり合えるようになりたいですよね」
「うん、そうだ、そうなったらいい」
里の中からリザードマンたちがぞろぞろとやってくる。
ナギとその背中に乗っているハルカたちに向けて、大きく手を振るリザードマンの子供の姿もあった。
ハルカが笑って手を振り返すと、隣からカナが一言。
「ところでヘルカってなんだい?」
「陛下、と私の名前が混ざってそうなってしまったみたいです。何度か言って聞かせたんですが直らず」
「はは、かわいいなぁ」
「成程、陛下が東征されるということですね」
「そんな仰々しい言い方をしないでください……」
何かとハルカを大物にしたがるドルが、今回の目的や、最近の人族側の動きを把握したうえ『東征』という言葉を使った。
「陛下たちは最東端にある街だか要塞だかを、占領して活用しようというのでしょう? 陛下たちだけであればナギ殿による空路を利用できます。しかしそうでないのならば、陸路、海路の整備が必須です。間にある種族たちを納得させない限り、活用は難しいでしょう。それならばいっそ、これを機会に陸路を切り開いたほうがよろしいのでは? もちろん目的を達した帰り道で良いと思いますが」
「無駄に争うつもりはないのだけれど……」
理路整然とまくしたてられると、それが正しいような気になってしまう。
この辺、元王であり頭のまわるドルの厄介なところだ。ハルカを丸め込む手段をよく心得ている。
何とか反論したハルカに対してドルはさらに言葉を紡ぐ。
「陛下の御意志があるなしに、最東端の街が人族によって占領されたとなれば、〈混沌領〉内の勢力は荒れるでしょうな。その街に常に万全の勢力を置き続けるのでないならば、戦わないまでも攻め込まないという意思を見せる必要はあるのではないでしょうか。東征、という言葉が強いと感じるのであらば、周囲の勢力に対して事情を伝えることをお勧めいたします。でないといずれ、勢力が結託して最東端の街、あるいはこちらに攻め込んでくる可能性もあるでしょう」
理は通っている。
しかし、本当にこれに乗っていいのかはハルカには判断が難しい。
「イースさんはどう思いますか?」
ならば仲間に意見を求めればいい。
自分だけで何とかしようという癖がなくなったのは、この世界に来てからのハルカの成長だろう。
頼れる友人ができた、と考えても良い。
「あながち間違ってないと思う。でも、どうもドルさんには何か含むところがあるような気がする。腹に一物抱えるのはどうかなと思うよ、僕は」
厳しい意見を述べて視線を受けたドルは、涼しい顔をしていたが、本人が答える前に隣の大きなリザードマン、ニルがガパリと口を開けた。
「悪いことは考えちゃあいない。ただなんだ、我らの王が、より多くのものに慕い仰がれてほしいと思う気持ちがあるのは悪いことじゃあなかろう?」
「その王が嫌だと言っていても?」
「無理強いはせんさ! でもなぁ」
「私から話します」
ドルがまた話を受け継ぐ。
「話を聞く限り、そう遠くない未来。早くて数年、遅くても十数年以内に、混沌領は人族から調査をされると思うのですよ。その時陛下はきっと、ありがたいことに我らを見捨てることができないでしょう。はじめこそ多少の邪念があったことは認めますが、今となっては私とて、陛下のことを心より信頼しています。だからこそ、備えが必要では? 心優しき陛下が、いざという時に武を振るわなくてもいいだけの威を備えておくべきだと考えるのは間違っているでしょうか?」
「……ハルカを人族と敵対させる気です?」
モンタナの静かな問いかけに、ドルは「否」と短く返して背筋を伸ばした。
「備えは備え。必要のないときに切る札ではありません。私は我々の未来について真剣に考えているだけで、その気持ちに嘘偽りはありません。もしそう思うのであれば、今すぐ私の首を叩き落としてもらって構いません」
「あまり物騒なことを言わないでください。わかりました、帰り道に話し合いをしてきましょう」
ハルカはモンタナの嘘か真の判断を見ることなく、ドルに約束をした。
真剣に向き合っている身内を疑うような真似をしたくなかったからだ。
話の内容はまだ三割ほど呑み込めていなかったけれど、その辺りは後でじっくり仲間たちに聞けばいい。
「決まりだのう。では吸血鬼への攻勢、儂も同行させてもらおう」
「そうですね、ニル様も……。はい?」
「陛下が東征されるのだ、儂らがのうのうと過ごしているわけにもいかんだろうに。腕がなる、腰がなる! 戦だ! たぎってきた! お、いて」
椅子をがたりと後ろに下げて立ち上がったニルは、頭上の梁に頭をぶつけて建物を揺らした。
「……リザードマンの戦士を幾人か同行させていただくつもりでしたが、ニル様が同行されたいようです。陛下、申し訳ないのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
ニルは老兵だ。
しかしアルベルトたちをあしらう事のできる圧倒的強者でもある。
戦力が増えるに越したことはない。
「もちろん良いじゃろうな? 儂を戦士として復活させたのは陛下だぞ?」
「危ない旅になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「望むところだ!」
こうして旅の道連れが一人増えることになった。
リザードマンの国一番の戦士ニル=ハ。
彼もまた戦いが大好きな脳筋戦士の一人である。





