破壊者が住む場所へ
〈暗闇の森〉を抜けた先にリザードマンとハーピーが暮らす里があることは、すでにカナに話している。
伝えていないことがあるとすれば、そこでハルカが王として担ぎ上げられていることだ。
ギリギリまで放置していたその事実を、ハルカは行程を決めるに至ってようやくカナに伝えることにした。
「〈暗闇の森〉を抜けたところに、リザードマンとハーピーが暮らす里があります。五つの氏族が集まって、リザードマン達はそこを国としています。一日目にはここで休息を取って、これから何をしに行くか彼らに伝えるつもりです。その……、諸事情により、私はかの里の王となっていますので」
「おお、リザードマン達との決闘に勝ったのだな。住む場所も隣り合っているし、王として迎え入れられる条件は整っているか」
さほど驚く様子もなく受け入れたカナは、リザードマン達の決まり事まで知っているようだった。
「驚かないのですね」
「うん。リザードマンは個の武力を尊重する種族だ。多くの場合住む場所が遠く離れているから、勝利しても王となることはないのだが、ハルカさんは住む場所が隣り合っているだろう? そんなことがあってもおかしくないだろう」
「……王となるのを、断れるような言い方ですね」
「それはもちろん。決まりといっても、彼らはよほどのことがない限り、他の種族を王とすることはない。そのよほどの強さを見せつけたとしても、そういうものは得てして自由に振る舞うもので、他種族の決まりごとは守らないだろう。つまり、王としての義務を果たす気がないから身分を受け入れない。ハルカさんならば優しく強いから、言われてみれば王となっていてもおかしくないなと思ったのだ」
要約するならば、王となりたくなかったのなら、そんなこと知るかと突っぱねれば良かっただけなのだ。最も強い戦士に勝利したものがそう言ったら、リザードマン達だって無理強いはできない。
決まりなら仕方がないのか、と押しに負けてしまったハルカが悪い、ということになる。
そしてハルカは性質上、今からやっぱりやめたと言い出せるタイプではない。手遅れであった。
「しかしそうなると……、〈混沌領〉の対応としてオラクル教の騎士が配置されるのはまずいのではないか? 私たち【自由都市同盟】は【神聖国レジオン】から遠く離れているからいいが……」
「……そうなんですよね、ちょっとだけ困っています」
「私がここに長居をするのも余計な疑いを向けられそうじゃないか? 初めから事情を知っていたら、何かしらの工作をしたのだが……」
珍しく政治的な頭を使った発言をしてきたカナに、ハルカは苦笑いして首を振った。
「いえ、私が招きましたのでそこまでお気になさらず。それにまだ騎士達は来ていませんから」
「人の口には戸を立てられない。いずれ私がこの拠点を訪ねたことは伝わると思うぞ」
「まずいでしょうか」
「もしかすると」
二人して腕を組んで「うーん」と唸り始めたのを見て、ノクトがポンポンと手を叩き注目を集めた。
「今そんなこと考えても仕方ないですよぉ。明日からの話をてきぱき進めてくださいねぇ」
「あ、はい」
「そうだな、この話はまたいずれ」
まずは時が迫りつつある、吸血鬼退治に意識を割かねばならない。何せ王を名乗る吸血鬼がどれだけの強者かまだわからないのだ。
油断して挑んでいい相手ではない。
カーミラくらいのんびりした性格ならばいいけれど、どう考えてもそれとは反対に、野心に満ち溢れている。
戦闘能力もそれに応じてきっと高いことだろう。
地図を見ながら、全員で予定を頭に叩き込んだハルカ達は、出発の準備を整えて翌日の朝を待つのであった。
翌日の朝、ハルカ達は全員でナギの背中に乗り込んだ。
留守組に見送られ、高度を上げながらゆっくりと暗闇の森方面へと進んでいく。
拠点の空き地には、白いモコモコを先頭に、茶色い鹿の群れが歩いているのが見えた。電気羊のへカトルが、いつの間にか勝手に形成していた群れだ。
モサモサと一緒に地面に生えた草を食んでいる。
ほんの数十秒で、拠点の平和な光景は見えなくなり、やがて視界には濃い緑色が広がった。植物ばかりが繁茂するそこは〈暗闇の森〉。
緑を減らす草食動物も、それを食べる肉食動物も、長いことほとんど暮らしていなかったその森は、同じ植物が所狭しと大量に生い茂っている。
少しでも陽の光を浴びようと枝や葉を伸ばし、生存競争をしている木々のせいで、空から見れば地面が、地面から見れば空が見えないくらいに植物だらけだ。
いずれへカトルが鹿の群れを連れて〈暗闇の森〉で暮らすようになれば、数百年後くらいにはここは、木漏れ日の森、くらいに名前を変えることができるかもしれない。
ところでナギの背に乗ることが二度目となったカナの愛竜フォルは、前の方にしっかりと四本足で立って、景色が流れていくのを楽しんでいるようだった。
そっとハルカが寄っていって隣に並んでも、ふいっと一瞬目をくれただけで、すぐに前を向いて目を細めている。
ナギとはまた違う、流線型とも言えるスリムなフォルムを間近で観察できて、ハルカは大満足である。
一方ナギの背の上でも、アルベルト達は纏いの訓練を継続。疲労が溜まればハルカに治癒魔法をかけてもらうことを繰り返す。
「いくら体が元気になったとはいえ、精神的な疲労は蓄積するはずだ。あまり無理してはダメだぞ」
「慣れてっから大丈夫っす」
尊敬すべき冒険者には一応の敬語らしき何かを使うアルベルト。
「慣れるとか、そういうものじゃないと思うんだがなぁ」
早速訓練を始めてしまったその耳には、カナのぼやきは届かなかった。





