手段と目的
モンタナはじっと見る。
強い人と出会った時ほど、その動きをじっと観察する。
攻撃の前にどこから動くのか、体を薄く纏う魔素はどのように脈打つのか。
戦いのうちのどんな時が不意になるのか、相手がモンタナの動きを読もうとしたり、攻撃をためらい後手に回った場合、それはモンタナの勝ちの形だ。
モンタナが先手を狙っていくのは、戦いの始まるその前の油断した瞬間をよく見ているからである。
だからこそ、どちらかと言えばカナとの戦闘相性はいいはずだ。
カナは後手に後手に回り、相手の動きを崩してカウンターを狙うタイプだ。少なくともモンタナが視る限りは。
手合わせを幾度かするうちに、もう少し勝ちが近くなるかと思っていたモンタナだったが、およそ一月は経った今も、ただの一度も有効打を入れられていない。
今日は休みの日だったのだが、こっそりとカナにお願いをして手に入れた手合わせの機会だった。
負けたくない。
カナにではない。
アルベルトやレジーナに負けたくない。
最近はハッとするような予想外の負け方をすることがたまにある。
勝敗がトントンでも、モンタナが理解できない負け方をしているのが問題だった。
だから、少しでも多くカナと手合わせをして何かを掴みたかった。
そんな真剣な思いを受け取ったからこそ、人のいいカナは手合わせを断ることができなかったのだろう。
カナの全身を覆っている薄い魔素は、穏やかで波立たず、むらのないものだった。
常に分厚く覆われてむらがあるハルカとは対照的であったが、それが研ぎ澄まされたものであることははっきりと分かった。
モンタナがこれまで見てきた達人はみんなそうだ。
魔法にせよ身体強化にせよ、その操作という面でモンタナの遥か先にいる。
◇
結果だけ言えば、モンタナの攻撃はいなされ続けて、ほんの少し攻撃が雑になった隙にそのまま体勢を崩されて負けてしまった。
攻撃が当たる瞬間、カナはその部位にだけ多量の魔素を込める。
フェイントをしかけてみても、インパクトの瞬間にはそこに分厚い魔素の壁が設けられているのだ。
全身が堅牢な鎧に覆われており、防御を信頼しているからこそ相手をよく見て反撃ができる。
負けながらもモンタナは今日も学び、成長する。
この戦い方は自分にも応用できる。
相手の攻撃をよけ続け、時にはいなして、反撃をする勝ち方だってある。
着実に進んでいる。
しかし、どこか物足りない。
もう一歩進むためには何かが足りない。
それがわからない。
座り込んで、息を整えているモンタナに、カナは躊躇いながら言葉を紡ぐ。
「モンタナ君もすごく目がいい、いや、良すぎるのかな? ……こんなことを言っては混乱させるかもしれないけれど、目に頼り過ぎてもいけないよ。戦いが高度になればなるほど、目だけでは追い付かないこともある。君は戦いの経験から来る、好機を、現実を見ることで捨てている時がある。だからこそ、番狂わせが起き難い」
「目に、頼りすぎ、です?」
「あ、うん、もちろんいいことなんだ。よく見えている、君は格下に負けることは絶対にないだろう。しかし、その戦い方をしている限り、格上に勝てる可能性も非常に低い。よく言えば安定感があり、丁寧なんだが……、君は、その、普通ではないくらいに強くなりたいんだろう?」
「……そです」
「だったら、君は戦いの勘を鍛えなければいけない。アルベルト君やレジーナさんは、感覚でそれを理解している。ただし、これは危険と隣り合わせの戦い方だ」
勘に頼るというのは、博打だ。
相手の意表をつけるかもしれないし、判断が感知できないくらいほんのわずかに早くなるかもしれない。そして、その代わりに、戦いはきれいに組み立てたものとはまるで違う、泥沼なものになっていく可能性が高い。
「若い子にこんなことは言いたくないけれど、当然、安全に戦うよりも、命懸けの時の方が得る経験は多い。……天才と言われる者が伸び悩むのは、たいていその壁にぶつかった時だ」
「……カナさんは、どうだったです?」
「うーん……、恥ずかしながら、いつだって命懸けだったような気がするよ。皆無茶をした。四人のうち誰か一人でも失敗したら、それだけで死にかねないような、そんな戦いがたくさんあった。…………君は、どうしてそんなに強くなりたいんだい?」
そよと吹いた風が、汗で湿ったモンタナの肌を冷やす。
「…………多分、仲間と一緒に冒険をしていたいからです」
「強くないとできないのかな?」
モンタナは考える。
強くならなければいけない理由は何だったか。
故郷の皆にはもう認めてもらえた。
世界を旅するだけならば十分なくらい強くなった。
憧れの冒険者達と言葉を交わせた。
金は十分にある。
仲間もできた。
「…………ハルカは、すごく強いです。強すぎて、いつか、どこかで、強すぎることを悩むかもです。悩むと思うです、そういう人です。そうなった時、僕も強い方がいいですよ。ハルカが一人ぼっちになったら、かわいそうですから」
愛の告白みたいだ、と思ったがカナはそれを言葉にしなかった。
自分の選んだ相手は、カナに普通を教えてくれる相手だった。
愛したし、幸せだった。
愛は比較するようなものではないが、モンタナの持っている感情はそれとさして変わらぬ大きさをしているようにみえた。
モンタナは、相手が異常であると知りつつ、自身もそこにたどり着こうとしている。
相当に愛が深いと、カナは思ったのだ。
そこから出てきた言葉は表面を撫でたような短い言葉だった。
「君たちは、仲がいいなぁ」
もし言葉の選択を失敗したときに、それをリカバリーできるとは到底思えない。
平静なふりをしながらも、カナは結構動揺しながら言葉を選んでいた。
「アルやコリンも、似たこと思ってるはずです。ユーリも、イースさんも、レジーナも、もしかしたらノクトさんだって、他の人だって」
モンタナは仲間たちの顔を思い浮かべて笑う。
多分ほとんど全員が意識的にそう考えることはないはずだ。
「ハルカは優しくて、人のことばっかり悩んでるですよ。ほんとに知らない他人のことだって心配するです。多分、僕たちがいろんな人と出会って、楽しく冒険者できてるのは、ハルカがいたからです。だからもっと強くなるです。ハルカが安心して背中を任せられるくらい、強くなるです」
「……そうかぁ」
「あと、アルに負け越すのは絶対嫌です」
「あ、そうなんだぁ」
なんにせよお互いを意識していることは、仲間として大変いいことである。
自分が器用にお喋りできる方でないことを知っているカナは、思ったことを色々と飲み込んでモンタナの言葉に頷いたのであった。





