戦いの選択
カナは纏いの指導をする傍ら、休憩がてら通常の戦闘のコツのようなものも教えてくれる。
カナ程の冒険者ともなると、戦闘技術を伝えることに躊躇いはないらしい。
せっかくなのでハルカ達は余計なことを言わずに、大人しく指導を受けていた。
「手合わせを見ている限り、身体強化の配分はコリンさんが特に秀でているようだ。しかし、決定打がないことに悩みを持っている、だったかな?」
「……吸血鬼に有効な攻撃って、斬ったり突いたり、直接体を傷つけるようなのですよね? だったら武器を使わない私って相性が悪いかなって。巨人を相手にした時もそうだったんです」
結構深刻な様子で相談をしたコリン。
これまでもずいぶん悩んできたことを、折角だからと表に出しているのだろう。
この悩みについては、仲間達もみんな気がついている。
カナはコリンの真剣な様子を見て「うーん」と言って少し考えてから問いかける。
「コリンさん、いや、他のみんなにも考えてほしいのだけれど、戦いに負けないために大事なことはなんだと思う?」
「ぶっ殺す」
「ぶっ倒す」
レジーナが一番、ほぼ同時にアルベルト。
「うん、それも一つだ。コリンさんはどう思う?」
「私も……相手を戦闘不能にするのが一番だと思う」
「そうかぁ……、ではモンタナ君は?」
「避けるです」
ここにきてようやく防御的な視点が出てきたことにホッとしてカナは頷いた。
「そうだ、攻撃に当たらなければ戦いには負けない。ハルカさんは何かあるかな?」
「えー……、そうですね……。話し合いをするとかでしょうか」
「ああ、うん、そうだ、もちろんそれも大事だ。話して通じる相手とは一度ちゃんと話し合うべきだ。そうだ、一番大事かもしれないな、うんうん。ハルカさんは大事なことがよくわかっていてえらいなぁ」
ハルカの意見にふんわりと笑ったカナは、小さな子供を褒めるように褒めちぎってみせた。
恥ずかしくなったハルカだったが、どう見てもカナには悪気がないので、体を小さくして何度か頷いておく。
間の抜けた返事をしたハルカが悪い。
「うーん、もう一つ大事な要素がある。攻撃は最大の防御という言葉があるが、戦いにおいて防御が不要ということはあり得ない。攻め、避け、守り、これらの技術のぶつけ合いが戦闘だ。私の見立てでは、コリンさんは私と同じように、身を守る技術に長けている」
「そう、なんですか?」
経験を積んできた者の言葉には力がある。
今できることの中で何をするべきかと考えていたコリンに、カナは新しい道を示そうとしていた。
「うん、まず目がいい。瞬間的な判断力にも優れている。力の流れを見ることができて、適宜体の必要な箇所に身体強化を回すことができる。君たちはチームを組んだ冒険者なんだ、全員が常に相手に有効な必殺の攻撃を持っている必要はないんじゃないかな。コリンさんが前に出て、攻撃を受け止め、流し、相手に隙を作るという戦いもある。必要なら、私はそのやり方を教えられるよ」
「い、いいんでしょうか?」
「うん、戦力は充実させた方がいい。それに、アルベルト君にはクダンが剣を託しただろう? そしてハルカさんの師匠はノクトだ。……私も、若い子に何か残してみてもいいんじゃないかって、思ってね」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
思わず手を取って礼を言ったコリンに、カナも嬉しそうに頷いている。
羨ましそうにみているアルベルトに、ふわふわと空から様子を見ていたノクトが言葉を投げかける。
「アル君はですねぇ、先に安定して吸血鬼に効く纏いを使えるように頑張りましょうねぇ。レジーナさんも、モンタナもですよぉ」
「わぁかってるよ!」
大きな声で返事をしたアルベルトは「見てろよー……」と言いながら訓練を再開する。大剣に纏わせた魔素は、橙色に点滅してまるでイルミネーションのようになっている。
安定して出力できていない証拠だ。
「ノクトの言うことも間違っていない。コリンが防ぐ技術を身につけたら、その隙に敵を仕留めるのは君たちの役目だ」
ノクトとは違った真摯な言葉に、アルベルトは心を鎮めて真剣に訓練を再開した。
同じようなことを言っているだけなのに、不思議である。
レジーナとアルベルトが真剣に訓練を始めたところで、モンタナがハルカの隣へやってきて腰を下ろす。
ついでに空の上からはノクトがふわりと降りてきた。障壁にうつ伏せになって気楽なものだ。尻尾の先端がだらりと障壁から垂れ下がっている。
「師匠、ちょっと羨ましいです」
「なってあげましょうかぁ?」
ノクトの気の抜けた声での提案に、モンタナはプイッと顔を背ける。本気じゃないことが、モンタナの目には丸わかりだった。
「モンタナは師匠がいなくても強いですからね。小さな頃、いろんな冒険者に戦い方を聞いたんでしたっけ?」
「そです。工房に来る冒険者の話聞いて、考えたり教えてもらったりしたです」
「ほぼ我流みたいなものですね」
「たまぁに、そういう天才っているんですよねぇ。僕も魔法に関しては誰に教わったわけでもありませんでしたしぃ」
天才は天才を知るとでもいうのか、ノクトが珍しく人を褒め、それから続ける。
「ま、でも、習いたいって気持ちがあるのなら、テトさんにでもお願いしたらいいんじゃないですかねぇ」
「……テトさんって、北方冒険者ギルド長のですか?」
ハルカの記憶にあるのはだらけきった姿と、一転、目にも留まらぬ動きで鎧騎士を圧倒した姿の二つだ。
「はい、そうですよぉ。体が柔らかくてすばしっこい獣人、ってことを考えれば、習うべきことは結構あると思いますけどねぇ」
「聞いたら教えてくれるです?」
ノクトはふわりふわりと動くのを一度やめてから、尻尾を反対側へパタンと倒す。
「いや、確実に面倒臭がりますねぇ」
「そうだと思ったです」
「ま、ああして師匠が次々と湧いて出る方が異常なんですよぉ。モンタナはモンタナで頑張ればいいんです」
「そですか。……そですね」
納得したのか、考えるのをやめたのか。
モンタナは曖昧に頷いて、言われた通りに訓練を始めるのであった。





