最近は気が抜けて
ハルカとて何も考えずにここに座り続けていたわけではない。
いつかは話を振られるだろうなぁと覚悟していたのだ。
そして対策は何も思いついていない。
そもそもハルカはこの世界に来てから見た目上の性別が変わった。
どこからどう見ても女性なのだけれど、だからと言ってメンタル的に女性になったわけではない、と思っている。ならばメンタルが女性というのはどういうことなんだと聞かれたって、ハルカにはわからない。
ただ、男として生きてきた期間と比べて、考え方に大きな変化があったと思えないというのがその根拠である。
ただこの理論には問題があって、元々ハルカは男性的メンタル、女性的メンタルというもの自体に造詣が深くない。考えたこともほぼないと言っても過言でないだろう。
なにせ人と深く付き合おうとしてこなかったのだから、人間関係で深く思い悩むこともなかったのだ。
まだまだ青春という言葉が似合う時代には、一度彼女ができたことがあったが、その受け身な性格から苦い破局を経験している。それ以来ハルカは、自分が恋をするというのは相手を不幸にするものだと思い込んでいた。
そんなものは相手がハルカに対して求めるもの次第なのだが、数をこなしていなければそんなことにも気づけない。
三十年近くも意図的に人を好きになることを避けて生きていると、いつやら恋の気持ちがわからなくなる。誰かの一番でなくてもハルカは幸せだし、誰かを押しのけてまで誰かの一番になりたいと思えない。
わがままを突き通すための経験や才能がまるで足りていない。
その上に性別が変わってしまったことで、今まで考えたこともなかった男性から意識をされるようになった。ハルカはそこに差別的意識は一切ないのだが、自分にとっての恋愛対象は女性であるという認識がある。
じゃあ女性をそう見たらいいんじゃないかという話になると、そもそも恋愛をしようとは思えないという堂々巡りが始まる。
いっそ性別問わず、強引に手を引いてくれるような相手がいれば何かがあるのかもしれないが、幸か不幸かハルカが強すぎてそんな無謀な真似をする者はいない。
というかハルカが強引に事を進める相手が苦手なので相性が非常に悪い。
八方ふさがりである。
人は失敗をしないとなかなか学ぶ機会が訪れない。
ハルカは失敗を恐れるから学べない。
そんなハルカでも冒険に出ることができたのは、ハルカの中に残っていた子供心に辛うじて火が着いたからだ。
そして子供らしい強引さでハルカの手を引いた仲間がいたからだ。
今ハルカにできることは一つ、質問を受けたら、真面目に考えて正直に答えることぐらいだろう。
「あの、実は私、ハルカさんってモンタナ君と付き合っているのかと思ったこともあったんです」
「……私が? モンタナと?」
モンタナはハルカのことをよく見ているし、傍から見ても分かるくらいにハルカはモンタナの前で気を抜いている。
それはどうせ気持ちが筒抜けだからと開き直っている部分があるし、モンタナが自分のことを傷つけないと信じ切っているからだ。
モンタナはモンタナで、ハルカが信じられないくらい無欲で自分たちのことを好いてくれることを知っている。自然と甘い雰囲気が出来上がっているように見えるかもしれないが、草食動物同士が共生しているようなものである。
「ああー、モン君もそういう雰囲気ないもんねぇ……」
事情を知っているコリンが、盛り上げるでもないなりに、ぼんやりとした意見を述べる。ハルカとしては早めに話を切り上げる方向で仕切ってほしいところだ。
「どう思っているんでしょうか!?」
「どうもこうも……、変な意味ではないですがモンタナのことは好きですよ。ただそれは……、コリンやアルを好きなのとあまり変わりません。こういうところが好ましいという部分においては違いがあるかもしれませんが……」
「イースさんとも付き合ってないんでしょ?」
ハルカが途切れ途切れ説明をしていると、エリから次の質問が投げかけられる。
「はい、付き合ってないです。友人ですよ」
「というかハルカは好きな人とかいるのか? 恋愛的にだぞ」
吹っ切れたエニシが核心を突く質問をしてくる。
あまりかわい子ぶるのはやめて、少しずつ素の言葉遣いに直している最中だ。
女性陣がいる前でも口調は普段通りにしている。
「いませんね」
「あら、私はフロスさんから、カーミラさんといい関係らしいと聞いていたのだけれど」
「…………はい?」
「あら、そうなの?」
本人たちがぽかんとしている。
はっきり否定するよりも更に可能性のなさそうな反応だった。
「違うみたいね」
「はい。なんというか、姪とかがいたらこんな感じなのかなと思っています」
照れるとかではなく、ひたすら悩み困るだけの反応に、首をかしげてしまったのはシャディヤだ。
「あの、ハルカさんは人とお付き合いをしたこととかは……?」
「一応ありますよ」
「え!?」
複数人の驚きの声が同時に上がる。
「え……、いえ、あの、短い期間でしたけど……」
「どんな人なのだ!?」
ダラダラしていたくせに突然体を起こすエニシ。
「聞いたことないけど、どこの誰といつ!?」
興味があるというよりも純粋に驚くエリ。
殆ど全員が身を乗り出していた。
唯一笑ってどっしり構えているのはカナぐらいだ。流石ひいおばあちゃん。
「え、いや、あ、あー……。皆さんが知らない人です」
ハルカはハッとする。
質問に答えようと集中していたせいで、多くの人に自分が記憶喪失であるということにしていたのを失念していたのだ。
半分諦めながらも、どうにかして誤魔化せないかと考える。
「……もしかしてハルカ、記憶戻った?」
「記憶喪失ってなんでござる……?」
無駄だった。
エリにズバリ質問されると、それに応じて記憶喪失という設定すら知らない女性たちも騒ぎ出す。
「…………い、色々ありまして、はい、部分的にというか。隠すような事でもない気がするのですが、私の中でも整理がついていないことでして……」
「ご、ごめんハルカ、口が滑った……」
「いいんです、私が迂闊でした……」
エリと二人してちょっと俯き反省である。
「んで、付き合ってた人ってどんな感じだったの?」
事情を知っているコリンは笑いをこらえながら話題を変える。
ありがたいような、ありがたくないような誘導だ。
「……ちょっとだけコリンに似てましたよ。明るくてよく笑う子でした」
「ふーん、つまりハルカってそんな感じで押せ押せで来られたら流されちゃうってこと?」
確かにそういうタイプにはすごく弱い自覚がある。
打算がなくて、ただ好きだからとすり寄られたら冷たくできる自信はない。
物分かりがいい大人より、多少子供っぽい相手の方が相性はいいのかもしれない。
考えるうちに少しだけ恥ずかしくなってきたハルカは、両手を控えめに上げて提案した。
「あー…………、コリン、そろそろ勘弁してもらえませんか?」
その場にいた全員が、照れているハルカをかわいらしいと思い、そしてちゃんと好きなタイプみたいな概念を持っていることに安心した。
「しょうがないなー、じゃ、次はエニシさん!」
「へ? 我? なんで我?」
目を泳がせるエニシを見ながらハルカは耳のカフスを指先で撫でる。
あまり困っているようだったら助け船を出してあげるつもりだ。
また自分の方に矛先が向いても困るので、本当に困っていた場合に限るつもりだったけれど。





