大人って
ハルカ達は黙り込んでしまったエニシを引っ付けたまま、拠点へ戻り部屋へ押し込んだ。話はまた明日以降ということは納得しているみたいだったから、少しクールダウンする時間をおいた形だ。
部屋から離れて建物のエントランスへ到着した辺りで、コリンは大きく息を吸ってから、特大のため息をついて上半身を項垂れさせた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたってさー……、疲れたの。ああいうのガラじゃないしさー、上手くやれる自信もなかったから」
上半身を弛緩させたまま扉を押し開いたコリンは、そのまま小川の方へ歩いていく。そっちは誰かが遊んでいない限りは、あまり人がいることはない。
「うまく着地したなぁって、思いましたけど……」
厳しい言葉は投げていたけれど、本音を引き出すためだったと考えれば必要なことだったのかもとハルカは思う。
相手の本音を引き出す方法はいくつかあるが、大まかには長い時間を寄り添うか、感情を揺さぶるかの二つだろう。コミュニケーション弱者のハルカには、後の方のやり方は難しい。
「それはさー、上手くいったからだよ。こういうのこそモン君がやればいいのにー」
モンタナの目は魔素を見ることができる。
人が纏う微弱な魔素は、その色や形状の変化によって、感情の変化や言葉の真偽をモンタナに教える。だからこそ、モンタナは害意や敵意に人一倍敏感だった。
そのせいで、エニシとのファーストコンタクトはモンタナにとってはあまり良い印象を与えなかったのだ。
目的のためなら、ハルカ達を利用することをいとわない。
仕方がない、やってやる。
事によっては悲壮ともとれる決意は、立場を変えれば自分たちに対する悪意である。
付き合いを続けていくにつれて、エニシの抱えているその感情は複雑に変化しており、現時点ではその覚悟めいたものは大きく揺らぎ、迷いや苦しみというものに変わっていた。
しかしモンタナからすれば、つつかれ方によっては容易に悪意へ転じる段階である。
苦しんでいることがわかっていてももう少し様子見、というのがモンタナのスタンスだったようだ。
一方でアルベルトなんかは、まったくエニシのことを意に介していなかったし、イーストンは活動時間があまり一緒にならない。ハルカは自分がどうするべきかという方に意識が向いてしまっていたし、ノクトは若い者は若い者同士でと知らん顔だ。
結果、同性で、人のことをよく観察していて、かつたまたま少人数でかち合ってしまったコリンが動くことになったわけである。
「コリンから見て、エニシさんはそんなにまずかったですか?」
「結構追い詰められてたんじゃないかなー……。拠点に来てもうひと月以上たつでしょ。苦労してきっかけを手に入れたのに、なーんにも進展ないんだもん。明るく振舞ったり、おどけてみせたりしてたけど、最近急にふさぎ込んだり、一人でぼんやりしてる時間増えてたよ」
「そ、そうですか……。ちょっと元気ないなーとは思っていましたが……」
「ハルカの前では、隠そうとしてたんだと思うよ。唯一の手掛かりだもん」
ハルカだって別に無視し続けていたわけじゃないのだ。
元気がないように見えれば声をかけていたし、気晴らしに誘ったりもしていた。
そんな気遣いは、ハルカを利用しなければいけない、ハルカから手掛かりを得ねばいけないと考えているエニシの心を、その都度重たくしていったわけだが。
地面に座り込んだコリンは、隣を手のひらで叩いてハルカに座るよう促した。
なんとなく申し訳ないような気持ちになっているハルカは、素直にそれに従う。そうでなくたって、滅多に断ることなんてないけれど。
「なんかさー……、初めの頃ハルカとアルが喧嘩したことあったじゃん」
「……ああ、ありましたね」
本当に随分と昔のように思える出来事だった。
アルベルトだけが昇級に伸び悩んでいた時期だった。
まだまだ子供だったアルベルトが、我慢をしきれずに感情を爆発させて、ハルカがパーティを脱退しようと考えたのだった。
あの時はアルベルトが謝りに来たことで関係を修復できたが、それもコリンが尻を蹴っ飛ばしたからこそ間に合っただけであった。ほんの少し遅ければ、ハルカは勝手に落ち込んだまま、どこへなりと姿を消していた可能性もある。
「ハルカって、大人っぽいかと思ったらさ、すっごく子供っぽいところもあるじゃん」
「そ、そうですね……」
おじさんであると自認していて、至らないまでも子供っぽいと言われるほどではないと思っているハルカであるが、話の腰を折らないために同意する。
「エニシさんみてたらさー、なんかハルカと被っちゃって。一人で悩んで、一人で追い詰められて、放っといたらそのうち勝手に暴走して国へ帰って死んじゃいそうだなーって。年上なのも分かってるけど、なんかちぐはぐなんだよね。大人っぽいところもあるけど、すっごく子供っぽいところもあって」
「それは、なんとなくわかります」
偏った関わりや、狭い範囲での自己分析が長く続くと、外の世界というものが見えなくなってくる。井戸の中だけで過ごしてきて、いざ外へ放り出されたときに、適切な判断をすることは難しい。
「これ、助けてあげなきゃダメなんだーってなっちゃったの。ハルカにちょっと似てるせいで情が移っちゃったの! でもさー、仮にも国の偉い人だったわけじゃん。だから、上手くやれるかは不安だったんだよねー。だから疲れたーってこと」
ごろんと寝転がったコリンは、ハルカの足の上に頭をのせてにっこり笑う。
「頑張ったからいっぱい褒めていいよ」
「コリンはすごいですね」
ハルカが頭を撫でてやると、コリンは満足そうに目を細める。
「それにさ、もしエニシさんが【神龍国朧】の偉い人に戻ったら、いい商売相手になると思わない? これから〈混沌領〉の最東端にいって、街を制圧して、ついでに船とか港とか整備しちゃってさ! これまで【神龍国朧】との交易って限られてたから、【独立商業都市国家プレイヌ】では、初の交易相手になるかもよ!? ふっふー、パパを驚かせてやるんだー。頭下げてきてもパパには紹介してあげないけど」
コリンはすごい、ハルカは心の中でもう一度同じことを言った。
さっきとはちょっと違う意味だったが。
理想のためにハルカ達を利用したエニシよりも、コリンの方がよほど俗な目的をはらんでいるが、どんな目的があろうとも相手にばれなければそれでいいのだ。
コリンの商売の話が、照れ隠しなのか、本音なのか、それはモンタナに聞いてみないとわからない話だった。
『私の心はおじさんである』2巻、4/5発売、4/5発売ですよー
コミカライズも始まりますよー
やれそれやれそれー





