堰を切る
「別にさぁ……」
矢羽を整えながら、顔を上げずにコリンは続ける。
「意地悪が言いたいわけじゃなくてさー……。一人でそんなたくさんの人助けるなんて、難しいじゃんって、思うんだよね」
「巫女達は協力してくれていた」
「うん、わかるよー。多分、巫女の人達だけじゃなくてさー、外にも信じて協力してくれた人はいたんだろうね」
「であれば、我が戻り助けるべきで……」
「違くてさー」
コリンが首を振って顔をあげ、エニシの言葉を遮った。そしてその目を正面から見つめて尋ねる。
「それで、今は誰がその計画を練り直して、推し進めてるの?」
「え?」
不意をつかれたエニシは、呆けた声を出して固まった。コリンは矢筒を肩にかけると、腕を組んでエニシの答えを待つ。
「我がいないのだから、計画を練り直すも何も……」
「あのさー、エニシさんがいなくなっただけで頓挫する計画とか、真面目に遂行しようって気があったとは、私にはとても思えないんだけど」
「いや、しかし、皆それぞれできる範囲で手を貸してくれていたのだ。やる気もあった、こうして我を外に逃すのにも協力してくれた!」
「失敗した時に、矢面に立っているエニシさんのことを体を張って守ろうともしない。エニシさんが死んだことにして、外へ放り出して、もしかしたら原因を突き詰めて帰ってくるかもしれないって待ってるんだよね? そうだねー、協力はしてくれたかもねー」
「……巫女達を愚弄するか」
険しい表情を作ったエニシに対して、コリンは涼しい顔をしている。
「してないよ、私が聞いた事実を話しただけ。私の言ったことって何か違ってた? 否定してみてよ、そうしたら謝るから」
「あの子らは、あの人たちは、そんなことは思っておらん。真に現状を憂い、何とかせねばと……!」
「もしかしてエニシさんって心の内も視えるの?」
「視えなくともわかることはある!」
「それは直接覚悟を聞いたから? それとも行動を起こしてくれたから?」
「そんなことは……っ、長い付き合いがあればわかるだろうに!」
いよいよ声を張り上げたエニシに、コリンはあくまで冷静だった。
「わかんないよ、言葉にしなきゃ。わからないよ、行動を起こさなきゃ。それが積み重なって初めて信頼関係ができるんじゃん」
ハルカは勝手に言葉の余波をくらって、うっと胸の辺りを押さえた。
今となってはコリンの言うこともわかるけれど、この世界に来る前は何一つ理解できていなかった。上っ面な関係で寂しい人生だと気づいていたけれど、それをどうしたらいいのかわからなかった。
例えばエニシのように、思いの丈を人にぶつけることができて、それが柔らかく受け止められ、協力してもらえたなら、その為に尽力しようと思うのは普通のことだろう。
エニシは何も間違っていないように思える。
しかしコリンは、協力というのはあくまで主体的な動きではないと言っているのだ。
エニシのいう巫女や協力者は、同じ方向を向いているのかもしれない。でも並走してくれていた人はいたのかと、そう尋ねているのだ。
そしてコリンのそれはエニシに意地悪をするための言葉ではない。
ただ一人だけで走り、振り返れば応援するものの姿も見えず、それでもまだ走らなければいけないと孤独に戦うエニシを見ていられなくなっての言葉だった。
生憎、少々威力が強すぎたようだが、当事者でないハルカには理解できた。
「どうして……」
エニシがその場に力無く座り込んだ。消え入りそうな声は震えていた。
「どうして、そんな酷いことを言うのだ……。我は、我は、頑張ったのだ。初めは、人に広く知られれば、いつか生き別れた家族にも会えるかもしれぬと思ってのことであった。頼られて人から認められることが嬉しくもあった。そんな不純な動機だったからうまくいかなかったのか? 何が悪かったのだ、我は、どうしたらよかったのだ? わからぬ、わからぬ。国をこの身一つで飛び出した。嘘つきと呼ばれ、不名誉のうちに公の死を迎えること決めた。知らぬ土地、腹を鳴らし、惨めにも耐え、ようやくここまでやってきたのだ。何がそんなに悪かったのだ、これ以上どうすればよかったのだ」
言葉が溢れるたび、地面に雫がぽとりと落ちる。
エニシは時折幼子が駄々をこねるように首を振った。
しばらく黙り込んでいたコリンだったが、やがてエニシの前に歩いていって、大きなため息をついた。
エニシが肩をびくりと揺らす。
コリンは一度ハルカの方を振り返り肩をすくめて、その場にゆっくりとあぐらをかいた。
「エニシさん」
返事はない。小刻みに肩が震えるのは泣いているからだろう。
返事はなくともコリンは続ける。
「私さー、仲間の益になりそうにないことってやりたくないんだよねー」
明らかに今言う必要のない言葉だった。流石にこれ以上追い詰める必要はないんじゃないかと、ハルカが歩み寄ると、その途中でさらにコリンが口を開いた。
「でもさ、だからって、本当に頑張ってる人が辛い思いをしてるの見たいわけじゃないんだよね。……エニシさんって強がるじゃん。だから、みんな声かけ辛いんだよ。モンくんは気づいてるかもしれないけど、可愛い顔して結構仲間以外には厳しいし。ここには私とハルカしかいないし、……あ、ナギもいたんだった」
ナギがずりーっと顎をずらして顔を寄せてきた。縦長の瞳孔が拗ねたように細められて、じーっとコリンに向けられる。
「ごめんってば。ほら、これだけ泣いちゃったんだし、今更恥ずかしいもないでしょ。今は女しかいないしさー、言ってみたらいいんじゃん、思ってること」
「…………い」
ずっと女性に囲まれて生きてきたエニシにとって、この場所はなかなかにストレスの溜まる場所であったことは間違いない。
ハルカはそんなことにはさっぱり気づかなかったが、コリンはそれも敏感に察知していたのかもしれない。
「ん、なに?」
「……もう、わからん。辛い、助けてほしい、我は、どうしたらいいのだ」
「……だってさ、ハルカ、どうする?」
「……少し、ゆっくり休みましょう。それから、色々とお話を聞かせてください。大丈夫です、一緒に考えましょう」
「だーってさ、よかったねー、っと」
コリンが体を傾けて、エニシの顔を覗き込む。すると、エニシは鼻をすすってそのままコリンに頭からぶつかっていった。
華奢に見えてもコリンは一級冒険者だ。
難なくそれを受け止めて、おそらく泣いているであろうエニシの背中に手を回し「はいはい」と言いながらあやしてみせた。





