準備期間
カナによれば纏いは魔素を操作する技術であり、魔素はどんなものにも変容する力があるそうだ。そうであるからこそ魔法というものが存在するのであるから、当然纏う魔素の在り方を変化させることで、陽光の力を剣に宿すことができるらしい。
しかし仕組みを理解することと、それを自由に使えることはまた別の話である。
数日間訓練を積んだからと、安易に手にすることのできる技術ではないらしい。
そもそも身体強化から武器に魔素を纏わせるというところまで進んでいる時点で、技術的な話を言えば十分に一級相当である。
ついでに訓練を受けているカオルは、身体強化がようやく使えるようになったところだから、すぐにダウンしていた。動きが少ない割に、過酷な訓練をしているのである。
疲れてぐったりとしているところに、ハルカが治癒魔法を使ってやることを繰り返していると、何度目かで、カオルは表情をひきつらせて誰にも聞こえないように「無間地獄でござる……」と呟いた。
ハルカがくさくさとした気持ちで一人訓練をしていたあの日以来、気を利かせたのか、あるいはいい機会だと思ったのか、エリが隣で一緒に訓練をしてくれている。
おかげでハルカは凪いだ気持ちで訓練をしていたが、カオル同様、疲労する度ハルカに治してもらっているエリはかなり消耗していた。
すっかり身内扱いであることは、嫌な気持ちは全くない。しかし、疲労しきった後にすぐに訓練を再開するということに慣れていないせいで、それが酷く苦痛に感じる。
そういった訓練方法をずっと続けてきたことをハルカから聞いて知っていたエリでも、少し心がくじけそうになったくらいだ。実のところそれが普通と認識しており、平気な顔で復活して、嬉々として訓練を始める仲間たちは傍から見るとなかなか異様である。
カナが何度も「休んだ方がいいんじゃないか……?」と提案したが、アルベルトたちは全く気にした様子がない。唯一コリンだけは適度に手を休めているのだが、負けず嫌いのアルベルトと、実はそれに輪をかけて負けず嫌いのモンタナは、競うように訓練を続けている。そして当然レジーナはそれ以上に続けようとする。
ハルカが「ご飯だからやめましょう」と言っても治すと継続しようとするので、一度真面目に「そんなに訓練ばっかりするなら治しません」と注意をしたくらいだ。
本人たちは好きでやっているようだが、一度教えているカナの方がそーっとノクトのところまでやってきて尋ねたことがある。
「ノクト、私が無茶させているんだろうか? 余計なことを申し出てしまったのだろうか?」
それに対するノクトの返答はこうだ。
「いつものことだから放っといていいと思いますよぉ」
結果、毎日の異常なハードワークが継続されている。
疲労を気にせず訓練をし続けられるなんて夢のようだと思う冒険者もいるだろうけれど、実際にどれだけの人が同程度の訓練に耐えられるかは微妙なところである。
さて、そんな毎日が続いて十日ほどたったある日。
カナはアルベルトたちに数日休みを取るように言い渡した。
太陽の光を感じたり、自分の中で考えをまとめてみたりしなさいという、至極真っ当な提案である。
アルベルトたちは渋ったが、カナも頑として譲らない。
人の意見を尊重する、流されるタイプかと思いきや、決めたことは絶対に通すタイプらしい。
結局数日の休みを設けることになり、ハルカにも治癒魔法で協力をしないようにと話が回ってきたのだった。
「なんか意外だったなー」
一日のんびり過ごしたコリンが、焚火の前で体を伸ばしてストレッチをしながら言った。
「何がですか?」
「ほらー、カナさんってハルカと似た感じするでしょ。アルとかレジーナが、訓練続けてくれーっていったら、仕方ないなーって言うと思ったんだよねー。でもさ、モン君が早々に諦めたじゃない。あれって、無理だって思ったからでしょ?」
石をゴリゴリと削っているモンタナが、その手を止めてこくりと頷く。
今日一日日向ぼっこしたうえに、丸くなってすやすや眠っていたから目がしっかり冴えている。
ちなみにこの場に名前の出た二人はいない。
間違いなくどこかで自主訓練している。
「確かに意外、かもしれませんね」
「いえ、カナさんは昔からあんな感じですねぇ」
ハルカの同意を、ノクトがゆるりと否定する。
「クダンさんですら、カナさんのことは頑固者だって言いますしぃ。ああなってしまったカナさんに関しては、テトさんはもちろん、ユエルさんですら諦めるそうですからねぇ」
「……それ、相当じゃない?」
あの話の通じなさを知っている一人として、イーストンが突っ込みを入れる。
「相当ですよ。でも同時にひどく繊細なので、今頃強い態度をとってしまったことに関して悩んでいるんじゃないですかねぇ。面白いですよねぇ、カナさんって、ふへ、ふへへ」
人が苦労しているのを楽しんで声まで出して笑うノクトは、ちょっと意地が悪い。
いつものことだけれど。
「しかしまぁ……、休息も大事です。たまにはねぇ、そうして色々なものを見たほうがいいんですよ。思わぬところから気づきがあったりするものですから。……ねぇ、エニシさん?」
「な、なぜ我に話を振るのだ」
「いえ、たまたま目が合ったのでぇ」
ノクトにしてみれば、アルベルトもエニシも、大した年齢の差はない。平等に年下の、孫世代より若い子供みたいなものである。
「走っている間は目的地を信じるべきですが、走らなくていい時まで妄信する必要はないってことですが……、まぁ、なかなか難しいですよねぇ」
ノクトはそう言って、浮かんだ障壁の上でごろりと仰向けになった。
それぞれが何かを考えるように、しんと静まった円座の中、カーミラだけが首をかしげて、隣にいるハルカに辛うじて聞こえるくらいの声でつぶやいた。
「何が言いたいのかしら?」
百年生きたノクトの言葉も、千年生きているお嬢様には響かなかったようである。
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