目的の合致
呆れたような顔でカーミラを見た後、イーストンは真面目にカナと向き合ってみせた。
「ヘイムという吸血鬼が活動し始めたのは、数十年前。一度、その手先が【ディセント王国】の〈バルバロ侯爵領〉にやってきたことがあった気がするな……。【夜光国】の王への挨拶のためにやって来たらしいけどね。あろうことか侯爵領で人を狩って、手土産にするとか言っていたから話だけ聞いてお帰り願ったよ。かなり手ごわい相手だったけど、そいつが新たなる王カルダスが云々、と言っていたかな」
ハルカは事前知識が色々とあるから、なるほどそういう繋がりかとなるけれど、カナの方はちんぷんかんぷんだ。一生懸命情報をかみ砕いているようだが、段々と首が傾いてきて、その視線が助けを求めるようにノクトの方へ向かった。
「分からない部分は後で補足するから。大事な部分だけ伝えると、僕が知っているその吸血鬼達が拠点にしている場所は、混沌領の最東端だよ。他に拠点があれば別だけど、なければそこにいるんじゃない? その、カルダスとかいうのは」
思った以上に核心に迫る発言に、カナが大きく目を見開いた。
砂漠で一粒の砂を探すような気の遠くなる話だったはずが、一気にその後姿をとらえた形だ。
「……良い情報を貰った。ただでいいのか?」
「僕の目的と合致するからね」
「その目的とはなんだろうか? 必要ならば手を貸すこともできる。その前にいくつか聞きたいこともあるのだけれど……」
「何でもどうぞ。ここに至って隠すつもりもないよ」
最初の頃はともかく、今のイーストンは聞けばわりと何でも教えてくれる。
昔のイーストンは、情報を漏らすことで相手に余計なトラブルを背負わせかねないことを気にして、あまり自分のことを話さなかった。
しかし、ハルカ達と過ごしているうちに、それを少しずつ気にしなくなってきていた。イーストンは、おそらくこんな関係を、信頼と呼ぶのだろうと思っている。
イーストンはそんな友人が、仲間ができたことを、口にはしないけれどとても幸せなことだと考えていた。
「【夜光国】というのは?」
「神人時代の頃から世を忍ぶようにひっそりと在った島国。吸血鬼を王とした稀有な国だよ。……エトニア王国とは一緒にしないでほしいけれどね」
「す、すまない」
つい最近酷い惨状を目にしてしまっていたカナの表情が一瞬曇ったのを見て、イーストンはぴしゃりと警告を発した。母国を悪く思われるのは耐えられなかったのだろう。
今のイーストンはどちらかと言えば、旅人というより【夜光国】の王子としての側面が出ているのかもしれない。
「割と大きな島でね、人も十万人以上住んでいる。島内で食糧事情は全て解決しているし〈バルバロ侯爵領〉及び、【神龍国朧】と交易をしているね。特に後者に関しては、歴史もかなり長い」
「君は確か、ハウツマンと名乗ってたから、つまり、その」
「【夜光国】の王子だよ。父が元気でいる限り、気ままに旅人を……今は冒険者をやらせてもらっているけどね」
身分を気負いなく話せるのが、ハルカとイーストンの違いだろう。
カナはやはり情報を整理するのが得意ではないようで、次の言葉が出てくるまで少し時間がかかる。その間にイーストンはさらに続ける。
「〈バルバロ侯爵領〉の一件があってからしばらくして、旅をしながら人に仇為す吸血鬼を探して回っていたんだ。大体がろくな情報を持っていなかったけれど、時折吸血鬼の国、とやらと繋がっていそうな奴もいたよ。……僕はね、母に大事に育ててもらったんだ。その親類縁者の人たちにも、とてもかわいがってもらった」
イーストンが人を好きな理由はそこにあった。
大陸における人と破壊者の関係を知った時に、より強く思ったのだ。
このままではいけないと。なんとかならないのかと。
それは青くさい理想なのかもしれない。できたことはほんのわずかな自己満足でしかなかったのかもしれない。それでもイーストンは、そうして今まで生きてきた。
「だからね、僕は許せないんだ。その、逃げ出した吸血鬼達って奴らがね」
イーストンの体に半分だけ流れる吸血鬼の血が、その紅い瞳をぼんやりと輝かせる。
場が静まり返ったところで、イーストンは一度目を閉じて話を締める。
「目的の合致っていうのはそういうこと。だから僕は見返りを求めたりしないよ、僕はね」
そう言ってイーストンはハルカの方へ流し目を送った。
あとは任せるよという意思表示だったが、ハルカはなぜか目を閉じている。
イーストンの本音が、なんだか心にジーンと突き刺さってしまったのだ。そして改めて、話の通じる破壊者と共に暮らせるような場所を作れたらいいなと、そんなことを考えていた。
なんとなくそれを察することのできたイーストンが、仕方がないなと他の面々の反応を確認していると、なぜかカナも深く頷き、似たような反応をしている。
悪い気分ではないのだが、話が進まない面倒くささはある。
それでも随分と長いこと待ったイーストンだったが、一人では戻ってこないことを悟って、ついにその肩をつつきながら声をかけた。
「……ハルカさん? あと任せていいかな?」
「え、あ、はい、すみません」
ピンと張った気持ちが僅かに緩み、口元が自然と弧を描く。
口に出したことはなかったが、ハルカ達といる時のこんな空気感を、イーストンはかなり気に入っていた。





