見えぬ未来
ハルカに対する信頼が厚いのか、あるいはカナという人物に対する評価がよほど良かったのか。仲間たちは少しのためらいもなく、情報を共有することに賛成した。
基本的にはハルカがいいならいいんじゃないかというスタンスだ。
リザードマンの王様をしているのはハルカなのだから、当然のことではある。
夜に話があるとカナに伝え、あとは待つばかりとしてから、ハルカはのんびりと湯船につかっていた。ハルカが入浴を楽しんでいると、いつの間にか【神龍国朧】組がやってきて外で待っているのはいつものことである。
ハルカは夕暮れか夜か朝に風呂に入るから、わざわざその時間に露天風呂の湯気でも確認しているのだろう。
頼めばいつでもお湯ぐらい張るのだけれど、彼らは妙なところで遠慮がちだ。
エニシなんかはもっと別のところで遠慮をした方がいい。
「なんか今ハルカがこそこそと動いていたな」
「……エニシ様、あまり探るの良くないでござるよ。それに、多分聞こえるでござる」
「あーあー! 内緒話ばっかりされて、我は気になって仕方ないなー!」
「エニシ様?!」
当然わざと聞こえるように言っている。
居候の立場だから堂々と要求はできないけれど、こうしてハルカの心に訴えかけることくらいはできる。というのが、エニシなりの遠慮のようだ。
ふてぶてしい以外の形容が難しい行動だが、見た目が若く見えるお陰でぎりぎりかわいらしいともとれる。
ちなみにハルカ以外の仲間がいるところで似たようなことをしたら、かなり睨まれることはわかっているようで、そういう場所では大人しくしている。
ハルカは口まで風呂に沈んでブクブクと息を吐いた。
エニシに関しては、弱点を晒すと利用してきそうな怖さがあるのだ。
ハルカはそれが必ずしも悪いことだとは思っていない。
それは、エニシがなりふり構っていられない状態でここにいるから仕方ないと、好意的に解釈しているからだ。
ふざけたり子供のような言動が多いけれど、根底には【神龍国朧】で失う命を憂いているはずだからだ。
もしかしたら自分が現れたのがその原因の一端かも、と思わないでもないのだが、それを伝えてどうなるかがわからない。
イレギュラーな存在だと伝わった、ではハルカの存在を消しますとされても困る。
エニシには使命感があるからこそ、それを実行しかねない。
「我もなー、一緒に風呂でも入って背中を流し合えば、秘密とかもなくなると思うんだがなー」
「……駄目です」
ハルカがそれだけ返事をすると、エニシの「そうかぁ」というつぶやき声が湯気と共に空へ消えていく。
エニシも手掛かりを見つけたからと言って焦り過ぎなのだ。
その焦りがハルカに伝わってしまっているからこそ、珍しくしっかり警戒されてしまっている。
出会い方の胡散臭さも、モンタナに若干の噓を見抜かれたことも、もちろん影響しているだろう。
まるで【神龍国朧】の全てを背負ってしまっているような考え方は、ちょっと行き過ぎている感がある。しかし、それを直接伝えてやるほどに距離の近いものがいないのも問題だ。
エニシ自身が先例に学び、考え、半ば成功し、賞賛されてきた生き方だ。完成された価値観を矯正することはなかなかに難しい。
平時にゆるりと行うならまだしも、切羽詰まっている、とエニシが思っている限りなおさらだろう。
「なぁー、ハルカよ、何か……その……、いや、なんでもない」
エニシにしたって、運命の話をするたびハルカの表情が強張ったり硬くなったりすることに気づいていないはずがない。どこかで話のきっかけをつかもうとして、ことごとく失敗していた。
エニシは立場を以て行動を促したり、感情をコントロールする術は身に着けていても、対等以上の相手と良好な関係を築く方法は知らないのだ。
仮面をかぶって生きてきたからこそ、腹を割って話すことができないでいる。
交渉をかなぐり捨てることで、初めてちゃんと話ができる相手がいることを知らない。
拠点に数人いる察しのいい者はそのことに気づいていたけれど、エニシに教えてやるほど優しくはない。なぜなら、その大人たちは皆、エニシのことよりハルカのことが大切だからだ。
ハルカが不利になるような、面倒を押し付けられるようなことを進んでやったりはしない。
やるとすればノクト辺りかもしれないが、運命という不確かな要素が関わっているせいで、あまり積極的に動く気はなかった。ノクトがトラブルを好いているとはいえ、自分の予測が及ばない部分にまで面白半分に手を出す気はない。
カオルに関しては、手の及ぶ範囲でエニシに協力する気であるのだが、ハルカ達の行く末が関係してくるとなるとまた話は別になってくる。それは、カオルの手の及ばない範囲だからだ。
「なぁ、カオルよ」
今度は本当に小さな声だった。
ハルカに届かない、口の中で無くなってしまうようなもぞりとした呼びかけだった。
「なんでござるか、エニシ様。中には入ったらいかんでござるよ」
ひそひそ話かと思ったのか、カオルは余計な忠告をする。
この女侍は、涼しい顔をしてちょっと抜けている。
「分かっている。……我は数え切れぬほどたくさんの者に言葉を投げかけてきたがな、自分のこととなると難しいものだ。誰か我に道を示してくれるものはおらんものか」
カオルは何も答えられない。
カオルの記憶の中と今のエニシの差があまりに開いてしまっていた。
凛として、神々しく、侵しがたいものに見えたエニシの、こうも弱っている姿に、なんと声をかけていいかわからない。
「何でもない、何でもないのだ、詮無き事を言った」
「エニシ様……」
エニシの心が晴れる日は、まだまだ遠そうだ。





